コーヒー



「……ふぅ、美味しかった。ごちそうさま。」


「あれ?もう良いんですか?まだまだ沢山ありますよ?」


「いや、お腹いっぱい。もう食えない……。」


「そうですか……。ごめんなさい。作りすぎちゃいましたね。」



 ……そう。


 まだ鍋の中身は、

 まだ大量に残っている。



 当然だ。先程スーパーで買ってきた食材を、ほぼ使い切ってしまったんだから。それ相応の量の料理が出来上がるのは、全くもって自然な話だろう。


 残りは、晩ごはん……でも、たぶん食べきれないな。これ。



 というか……。

 それより何より意外だったのは。



「……そんなに見られると、恥ずかしいんですけど。」


「あ。ごめん。」



 テーブルの向かい側に座っている高森が、俺と同じくらいか……ひょっとしたら俺以上に食べたことだ。


 しかもその上、普通に澄ました顔してるし。俺、ちょっと食べすぎて苦しいってのに……。


 っていうか、もっと言えば。


 食べてる途中、「そういえば、デザート用意するの忘れましたね。」とか「次は、もっと食べ応えのあるメニューにしましょうか。」とか言ってた。



 ブラックホールか……?

 この子。



「どうかしました?」


「いや。別に深い意味はないんだけど。本当に美味しそうに食べるな……って、思って。」


「食いしん坊、って意味ですよね?それ。」


「……そうは言ってない。」



 言ってない。

 断じて言ってない。


 いくら俺だって、女の子にそれ言っちゃダメってことくらい、知ってる。だから言わないさ。


 ……言わなくてもバレてるっぽいけど。



「いいです。一応……自覚はありますから。」


「自覚、あるんだ……。」



 思わずそう応えてしまって。


 「しまった!」と思って、

 慌てて口を閉じる。



 恐る恐る高森の顔を見ると……何だか少し拗ねたような、半ば諦めたような微妙な表情。



「それは……まぁ。自覚はありますよ。だって、クラスの友達とお昼食べてれば、私のお弁当箱だけ大きさが違うことくらい、嫌でも気が付きます。」


「……なるほど。」



 そりゃそうか……。


 俺も高校時代に思った。女子の弁当箱って、あり得ないくらい小さいんだよな。


 しかもその上、中身がサラダだけだったりとかするし……。それで足りるとか絶対ウソだと思う。



「むしろ、幡豆さんって意外と小食ですよね。」


「そうか?人並みだと思うけど……。」



 いやいやいや……。

 高森を基準に判断しないでくれ。



 確かに俺は “大食い” ってわけじゃないけど。


 でもさ?俺が “小食” だとしたら、世の中の男の大半は “小食” ってことになると思うぞ?



「でも、ごめんなさい。残り、どうしましょう……?」


「少しずつ頂くよ。保存容器タッパーに小分けして冷蔵庫入れとけば、保存利くよな?これ。」


「あ。はい。2~3日なら……。って、小分けできる程あるんですか?保存容器タッパー。」


「ある。」


「本当に何でも揃ってますね……。」


「……。」



 半ば呆れたように、ポツリとつぶやく高森。そりゃそうだろうな。


 この大量のお惣菜を小分けできるほどの保存容器タッパーが、一人暮らしの男の部屋にあるとは思うまいて。普通。



 ……この時ばかりは、何かとマメにを作ってくれた元カノと、フラれてから一切使わなかったにも関わらず保存容器タッパーを捨てなかった半年前の俺に感謝した。




  ◆◇◆◇




「幡豆さん。」


「ん?」



 キッチンで洗いものをしている俺に、高森が声をかけてきた。



 ちなみに……先ほどから高森は、部屋の中をあちらこちらと見て回っている。


 俺みたいな一般庶民の部屋なんて見て回って、一体何が面白いのか知らないけど……。

 


 でもなぁ……高森よ。

 一応ここ、独身男の部屋だからな?


 不用意に戸棚開けて、ちょっと気まずくなるようなが出てくるとか……そういう可能性もあるってこと、ちゃんと考えてるか?



 ……考えてないんだろうなぁ。

 きっと。



 ちなみに……見られて困るようなものは、昨日のうちに押入れの奥底に仕舞っておいた。だから、今日は大丈夫。心配ない。



 ――で。



 その高森はいま、何をしているかというと……食器棚の奥を覗いていた。


 あそこにあるのは……。



「これ、何ですか?」


「ドリッパーだよ。コーヒーを淹れるやつ。知らない?」


「コーヒー……ですか。」


「飲むか?食後に。」


「……そうですね。飲んでみたいです。」


「?」



 ……高森の言い回しに妙な違和感を憶えた。「飲んで」って言った?いま。



「ひょっとして、苦手?コーヒー。」


「カフェオレとかなら、飲んだことあります。だから飲めないってことは、ないと思うんですけど……。」


「ほう……?じゃ、とりあえずお試しで飲んでみればいいさ。ミルクと砂糖もあるし。」


「……今日、これ言うの何回目か忘れましたけど。本当に何でも揃ってますよね。」


「これに関しては、趣味みたいなものだけどね?コーヒー、よく飲むし。」



 ……そんなことを話しながら、電気ポットを再沸騰ボタンをON。続けて冷凍庫からコーヒーの粉を取り出して、ドリッパーに2杯分入れる。


 沸騰するのを待って、ドリッパーにお湯を注ぐ。同時に、カップをお湯で温めておくことも忘れない。



「なるほど……。こうやって使うんですね。普通にコップに入れて、お湯入れるだけじゃダメなんですか?」


「インスタントコーヒーならね?これはインスタントじゃなくて、コーヒー豆を挽いたものだからさ。こうしてフィルターで抽出して飲むんだ。」


「へぇ……。」



 何やら感心したようにつぶやく高森。

 ……意外だ。


 高森の家って、何かな気配だったから、こういう嗜好品的なものは俺なんかより余程慣れ親しんでるだろう、と思ってんたけど。


 それともあれか?高森のご両親は紅茶党で、そもそも家でコーヒー自体を飲まないって可能性もありうるか。



「幡豆さん、コーヒー好きですよね。自販機で買うのも、いつも缶コーヒーですし。」


「そうだね。」


「ジュースとか紅茶とか、飲まないんですか?」


「飲むよ?ほら。」



 そう言いながら、隣の戸棚を空けて見せる。



「紅茶に、ココアに……グリーンティ。あとこれは……昆布茶?」


「時々飲みたくなるんだよね。いろいろ。」


「……なんか、これ言うの何回目か忘れましたけど――」


「いや。言わなくていい。自覚はある。」


「――そうですか。」



 独り暮らしの男の部屋とは思えない、充実したラインナップだよな……。自分でそう思う。


 実際のところ、単に飲みたいものを買い足していったら、こうなっただけなんだけど。



 ……インドア志向なのがバレるな。



「さて……。じゃ、どうぞ。お口に合えば良いんだけど。」


「ありがとうございます。」



 抽出を終えたコーヒーを、カップに注いで高森に手渡す。


 きちんと両手で受け取るあたり、育ちの良さがわかるな……。しまった。ソーサーくらい、きちんと用意すべきだったろうか?



「あ。ごめん忘れてた。砂糖とミルクは、これね。」


「はい。でも、せっかくなので……ブラックに挑戦しようかな、と。」


「……無理しないでいいからな?」


「はい。」



 そう言いながら、カップに口を付ける高森。


 何でだろう?俺が緊張してきた。

 そんなことを思いながら、俺も一口。



 ……うん。



 悪くない味だ、と思うけど。



「……。」


「……どう?」


「ミルク、貰っていいですか……?」


「どうぞ……。」



 まぁ……そうだろうな。


 コーヒーほとんど飲まないって人が、いきなりブラックで飲むなんて。そりゃ、ハッキリ言って無謀だと思う。


 まして俺みたいな素人が、適当にドリップしたコーヒーだし。豆だってスーパーで普通に売ってる安いやつだし。なおさら苦いだけだろうさ。



「悪い。もう少し軽めに淹れた方が、飲みやすかったかもな。アメリカンで。」


「いえいえ。ミルク入れれば美味しいです。」



 そう言いながら、2つ目のフレッシュをカップに注ぐ高森。1個では足りなかったらしい。



「砂糖は入れないの?」


「……お昼、食べ過ぎちゃったので。」


「あ~。カロリー的な?」


「はい。」


「なるほどね……。」



 そんな会話の間に、高森はさらにフレッシュ投入。合計3つ目。


 そんなに入れたらクドくなって、却って飲みにくくないか?というかフレッシュって、砂糖より遥かに高カロリーだぞ?



 ……。



 いや、言うまい。


 これ言ったら、バッドエンドなフラグ立つ気がする。



「……。」


「?」


「幡豆さんいま『太るぞ?』って思ってませんか?」


「……。」



 ……フラグって、

 黙ってても立つらしい。




  ◆◇◆◇




「……送ってかなくて大丈夫か?」


「はい。大丈夫ですよ?」



 トントン、と靴を履きながら答える高森。


 まぁ……まだ明るい時間帯だし。

 重たい買い物袋もないし。


 心配ないとは、思ってるけど。



「すみません。保存容器タッパー、お借りちゃって。週明けに必ずお返ししますね?」


「別に急がなくていいよ?普段あまり使ってないし。」



 ……結局。


 残ったトマト煮は、タッパーに小分けした。そして、どう考えても俺一人で食べきれる量じゃなかったから、高森にも半分持って帰ってもらうことにした。


 次からは、量を考えて作ろうな?

 頼むぞ?高森。



「では、お邪魔しました。」


「ああ。ちょっと早いけど、おやすみ。」


「はい。おやすみなさい。」



 言いながら、小さく手を振る高森。

 その姿が、扉の隙間から消える。



「……。」



 ふぅ。


 ……。

 ………。

 


 疲れたぁ……。



 高森の姿が消えた途端。

 ドッと……疲労感が噴出した。


 何だ?緊張していたのか?俺。



「……そりゃそうか。」



 当然と言えば、当然だよな。


 いくら相手が、

 遥かに年下の子だからと言ったって。


 いくら相手が、

 気心知れた高森だと言ったって。



 女の子と二人きりの部屋に居たら、

 そりゃ少なからず気は使うさ。


 緊張しない訳がない。

 


 まして……ハッキリ言って、

 高森は可愛いし。

 

 だから、なるべく気にしないようにしていたけど……意識するな、なんて。


 無理だろ。これ。



「……。」



 やはりもう少し、高森との接し方は慎重に考えないといけないと思った。


 もちろん危害を加えたり、高森が嫌がるようなことをする気は一切ない。まして法に触れるようなことをするつもりも毛頭ない。



 そこは、声を大にして言い切れる。

 ……言い切れるけれども。


 でも。



 やっぱり俺だって、男の端くれではあるし。高森を見てれば、可愛いと思ってしまう。


 だから、一切の劣情を抱かないか?と問われたら、さすがに全くないとは言い切れない。



 ……いや。むしろ。


 劣情の一つも抱かない方が異常だろ。

 この際だから言っちゃうけども。



 そう。



 つまり、そういう目で見てしまう要素が少しでもある以上、今日みたいな距離感バグった過ごし方は、やっぱり良くないんだろうな。


 俺と高森が、この先も仲良くしていきたいと思うのであれば……。



「……高森は、どう思ってるんだろうな。」



 苦し紛れについ、そんな考えても仕方のないことを考えてしまう。


 結局のところ、高森の気持ちなんて聞けるわけがないし、聞いたところで問題は解決しないのに。



「……。」






 そのまま黙ってドアを施錠して。

 俺は、玄関を後にした。




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