いくつ



「幡豆さん、家に顆粒コンソメあります?」


「あるよ。」


「じゃ、買わなくて大丈夫ですね。あとはトマト缶と玉ねぎと……。」


「……。」



 楽しそうにスーパーを歩く高森。

 カゴを持って追いかける俺。


 見ようによっては、新婚夫婦。

 でも実態は、ただの荷物持ち。



 まぁ……ご飯作ってもらうのに、

 何もしないってのは気が引けるし。


 荷物持ちくらいは、当然するけどさ。



「ソーセージ、何かお好みのものあったります?」


「いや。ないよ?買うときはいつも適当に一番安いやつ買ってる。」


「じゃ……今日は、これにしますね。」



 昨日はあの後、「明日は駅前に集合、一緒に食材を調達する。」という話になった。


 何でも「私、方向音痴なので。幡豆さんの家に、自力で辿り着ける自信ないです。」とのこと。そりゃ、しょうがない。



「せっかくだから、大きいパックにしましょう。その方が割安なので。」


「……。」



 ……ということで、さっきから俺たちはスーパーにいる。


 カゴに入れられた食材から、高森が何を作ろうとしているのかは何となく想像できた。ウチにある調理器具で作れると思うので、問題ない。



 は、問題ない。


 

 でもそれ以前に。

 重大な問題があってだな……。



「なぁ……高森。」


「?」


「食べきれる量にしような?」


「はい。」


「……。」



 ちょこんと首を傾げて、

 「何か変ですか?」という顔の高森。


 いや。変でしょ。

 どう考えても。



 だって。



 カゴを持つ俺の腕、

 今にも千切れそうなんだから……。




◇◆◇◆




 ……で、結局。



 ソーセージや鶏肉は、

 少し小さめのパックに変更。


 キャベツは1/2玉のカット売りに、

 ニンジンもバラ売りのを1本に変更。


 玉ねぎとジャガイモは常温でも日持ちするから、これらは袋買いでもOK。



 ……で、手を打った。



 高森は最後まで、「大きい袋の方が得だから」とか「野菜は冷蔵庫で1週間、肉や魚も冷凍庫に入れれば保存がきく」とか、あれこれ主張していたけど。全て却下した。



 当然でしょ?


 どうやってあの量を使いきれと?

 平日あまり料理をしない俺に。



 そんなこんなで、

 高森を連れて無事に帰宅。


 そのまま調理開始と相成って、

 今に至る。


 

「幡豆さん……ゆっくりしてて良いんですよ?」


「いや何かさ……。高森だけに働かせてるのって、どうも罪悪感が。」


「幡豆さんって、変なトコで律儀ですよね。」


「その言葉。そっくりそのまま、高森にお返しするよ……。」



 圧力鍋を火にかけてタイマーをセットした高森が、俺に声をかける。


 対する俺は、使い終わった包丁とまな板を洗いながら、高森に答える。


 さっきから、こんな感じ。



「しかし……ウチに圧力鍋があるなんて、よく知ってたな。」


「前回お邪魔したときに、見つけたんですよ。煮込み料理できるな~って。」


「なるほどね……よく見てるな。」



 高森の決めた今日の献立は、

 俺の予想したとおりだった。 


 『鶏手羽元のトマト煮』

 

 圧力鍋とトマト缶を使えば、

 時短かつお手軽に作れるし。


 煮込み料理なら、

 慣れないキッチンでも失敗しづらいし。


 なかなか良いチョイスだと思う。


 

「しかし……前回も思ったけど。」


「?」


「高森って、ホントに丁寧に料理するよな。見てて感心するわ。」


「そうですか?」


「ああ。」



 さっきから隣で食材洗ったり、炊飯器をセットしたりしつつ、高森の様子をチラチラ見ていたけど。高森の調理は、とにかく丁寧だった。


 中まで火が通るよう、手羽元には一つ一つ隠し包丁を入れていたし。


 膨れて割れないよう、ソーセージはちゃんと切れ目を入れていたし。


 あと多分だけど、火が均等に入るように……という意図だろうか?圧力鍋に食材を入れる時は、きちんと向きを揃えて一つ一つ並べてたし。



 そして何より……極めつけは調味料。


 計量スプーンと摺り切りを駆使して、

 すごく厳密に計っていた。



 ……悪いけど俺ならそれ全部、

 手を抜くトコなんだよな。


 圧力鍋なんて、

 適当にブチ込めば火が通るし。


 まして摺り切りなんて、

 使ったことない。



「……。」


「ん?どうかした?」


「いえ。その……。幡豆さんのお部屋って、ホントに何でも一通り揃ってますよね。食器とか、調理器具とか。」


「そうだな。」


「調味料もちゃんとありますし、電子レンジはオーブンレンジですし。」


「……。」



 気づいたか……。

 


 まぁ、普段「あまり自炊しない」って言ってるくせに、これだけ調理器具が充実してる訳だから……。だからいずれ違和感を持つだろうな、とは思ってたけど。


 まして、ここまで料理のできる高森だ。調理器具のことは、なおさら気になるだろう。



「奥さんか……恋人さん、いるんですよね……?」


「いないよ?」


「……説得力ゼロですけど。」


「そうだな……正確には、いない。少し前までは、いた。」


「……。」



 急に黙って「しまった……。」という表情の高森。おや?


 少し前までは、って答えは予想してなかったのか?



「別に、気にすることないぞ?もう終わった話だし。」


「いえ……でも。何か、すみません。」


「俺も、それなりに歳食ってるからね。そういう相手が経験も、あるさ。それだけのこと。」



 ……そう。

 全て、終わった話。



 残った未練はあの日、

 酒と一緒にすべて流した。


 巻き添え食わせた敬太には、

 少しだけ悪いことしたな……とは

 思ってるけど。



「好きだったんですか?その人のこと。」


「そりゃ、そうだ。」


「結婚とかも……?」


「一応……頭の片隅にはあったよ?踏み出せなかったけど。」


「……。」



 圧力鍋の “シュー” という音だけが聞こえる部屋。



 ……高森は、喋らない。


 その横顔は、何だか申し訳なさそうな、

 でも何か、ホッとしているような。


 何とも言えない、微妙な表情だった。



「まぁ……そんなこんなで当時は、ここで一緒に飯食うこともあったからさ。調理器具やら食器やら、気づけば色々揃っちゃったんだよね。」


「その……。」


「ん?」


「……捨てようとか、思わなかったんですか?お別れするとき。その……想い出とか、いろいろ。」


「全然。まだ使えるし、勿体ないじゃん。」



 また……演歌みたいなこと言い出したな、高森。


 分かれた恋人を思い出さないよう、想い出は捨てて、旅立ちます~♪ってか?



 ないない。



 気持ちはわからないでもないけど……でも「勿体ない」って気持ちの方が上回る。貧乏性なんだろうな、俺。




   ♪ピピピピっ!

   ♪ピピピピっ!




 ……そこで、キッチンタイマーが鳴った。


 いろいろな意味でナイスなタイミング。

 キッチンタイマー、えらい。



 まだ沈黙中の高森に代わって、

 コンロの火を止める。


 あとは圧が抜けるまで放置すれば完成。


 サラダは既に盛り付けて、

 冷蔵庫に入れてあるし。


 炊飯器も、

 あと数分で炊き上がるし。



 ……辛気臭い話は、ここで終わり。



「あの。」


「ん?」



 そこで、再び高森が口を開いた。



「今まで……ハッキリ聞いたこと、なかったんですけど。」


「うん。」



 なるべく柔らかい声を心がけて、

 応える。


 さっきは少し、

 話しにくい空気にしてしまったし。


 せっかくの食事なんだから、

 もう少し楽しい雰囲気にしておきたいし。




「幡豆さんて……いくつなんですか?」


「26だよ?」


「え。26歳……ですか?」


「意外?」


「いえ……その……。」



 何やら口ごもる高森。


 たぶん、思ったより歳いってて、

 驚いたんだろうな。



 ……俺は日ごろ、

 実年齢より若く見られることが多い。


 よく言えば、若く見える。

 悪く言えば、ガキっぽいらしい。


 それこそ元カノにもそう言われたしな。

 そんなにガキっぽいかな?俺。



 だから。



 落ち着いた男であろうと、

 頑張ってる。


 しっかりした大人であろうと、

 意識してる。


 でもやっぱり……まだまだ

 貫禄とか、落ち着きとか、

 足りないんだろう。精進しないと。



 ……というわけで。



 いいよ?

 怒ったりしないから。


 思ったこと、言ってみ?





 高森は……しばらく躊躇したあと。

 ようやく口を開いた。



「20代なの、意外でした……。」


「……。」






 ……シバいたろか。




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