終電帰り



「……おつかれ。どうだ?状況。」


「ん……?あぁ。敬太か。」



 話かけてきた敬太の声に、いつもの軽さがない。そりゃそうだよな。


 だって今……トラブル対応の真っ最中なのだから。



「そろそろヤバいかもな……。いくつかのトコ、アラート出てる。そっちは?」


「たぶんだけど、原因は掴めた。遮断機のコイルが固着しただけっぽい。けど、原因が他にあった場合が怖いから、安易に予備系に切り替える訳にいかなくてな……。」


「わかってる。けど、あと1時間くらいが限界だと思うぞ。」


「了解。じゃ、いよいよ厳しそうなら連絡くれるか?俺、現場戻るから。」


「ああ。」



 普段は何かと、“おちゃらけ・おふざけ・いい加減” が鼻につく敬太だけど……。


 こういうという時の行動力と判断力を見ると、やっぱりすごいヤツだと思わされる。頼りになる。

 


 停電が発生したのは、夕方のこと。


 すぐに敬太があちこちを飛び回って、情報収集したり、関係者を説得したり、現場の作業員と丁々発止のやり取りをしたり、上手くやってくれた。

 

 きっと俺じゃ、あんなに上手く立ち回れなかったと思う。正直、かなり助かった。



「って、言たってなぁ……。」



 でも。敬太がいくら奔走したところで、壊れた設備は勝手に治ったりしない。


 俺の目の前にある監視画面は、すでにアチコチ警報だらけ。表計算ソフトで作った「予測値」のグラフは、まもなく上限に張り付こうとしている。


 つまり、このままだと時間の問題で……という状況。


 仕事柄、こういうトラブルも時々はあるけど、今日という今日は本気でヤバいかもしれない。



「頼むぜ……マジで。」



 思わず溢れたその呟きも、いったい誰に向けたものなのやら。


 神様?仏様?

 敬太様?


 ……もう誰でもいいや。

 頼むぜ。マジで。



 そんなよくわからない祈りを捧げて。

 俺は再び監視画面に視線を戻した。




 ◆◇◆◇




 ……で、結局。

 あれから30分後くらいに。



 急遽、関係者を集めたミーティングが招集されて。


 現場から「予備電源系への切り替えは、支障なし。」との見解が示されて。イチかバチかの応急復旧が決定。



 バタバタと予備回線に切り替えて。

 止めていた施設の運転を再開して。


 ……今に至る。


 とりあえず監視画面の各種トレンドグラフは下降傾向、どうやら最悪の事態は回避できた。あとは、通常運転に戻るのを待つばかりだ。



 そこでようやく気がついた。



「……あ。」



 時刻は、間もなく夜9時。


 普段なら、もうとっくに駅に着いて、駐輪場へ向かって、高森に「ただいま」を言っている時間。



 ……を、とっくに過ぎている。



「しまった……。」



 トラブル対応で余裕がなかったのは事実だけど。それにしたって「遅くなる」の一言くらい入れるべきだった……。


 という感もあるけど、慌ててスマホを開く。



    ごめん。まだ職場。

    たぶん遅くなるから、

    先に帰ってて。



 ――って、おい。

 ちょっと待て、俺。

 

 これじゃ、高森が待ってること前提のメッセージだ。こんな時間まで待ってるとは限らないよな?


 常識的には、先に帰っているのが普通なわけで……。


 マズい?

 ウザい?


 ……でも、かといって今更「送信取消し」押すのも不自然だし。



   ♪



 アタフタしているうちに、スマホが鳴った。あぁ……返信見るの、怖い。



  了解です。

  では、先に帰ります。

  無理しないようにしてくださいね。



 高森からは、メッセージに続けて。

 「おやすみ~」のスタンプ。


 よかった……。

 ウザがられたりはしてないらしい。


 ホッと胸をなで下ろして、とりあえず俺も「おやすみ」のスタンプを返す。そして画面を切る。



 ……うん。

 これで、ひと安心。


 というか……何だろ?

 この感覚。



 こういう “誰かと一緒に帰る” 時間って、大人になるにつれて減っていった。


 そもそも俺、大学進学と同時に一人暮らしだし。帰りが早かろうが遅かろうが、連絡する相手なんていなかったもんな……。


 だから、何だか。

 さっきみたいなやり取りって――



「青春だなぁ〜。幡豆よぉ~。」


「!」



 ……気づけば、ニヤニヤ顔全開の敬太が俺を見下ろしていた。


 どうやらピンチを脱したからなのか、さっきまでの敬太から、すっかり敬太にシフトチェンジしてしまっている。


 いつもどおりの、だらしない顔。

 これだから、コイツは……。



「……何が青春だって?」


「誤魔化すな誤魔化すな~。その右手に持ってるのは何だ~?」


「……使い古したスマホだが、何か?」


「ついに幡豆にも、『帰りが遅くなる』を伝える相手ができた。そういうことなんだろ?」


「……。」



 やっぱり、見られてたか……。

 というか、そもそもさ。


 いつ現場から帰ってきた?お前。

 全く気配を感じなかったぞ……?



「いや~。結構結構!青春結構!」


「そんなんじゃない。ってか。どうしてお前の頭は、そんなにピンク色に溢れているんだ?小一時間、問い詰めてやりたいわ。」



 何しろ、時間はたっぷりあるからな。


 終電までに通常運転に戻せるだろうか?というところだ。それが無理なら、泊り込み確定なんだよな……。



「――そうだな。あと1時間半?いや、2時間くらい待機か。この調子だと。」



 ……いや。

 頼むから、急にさ……。

 

 敬太の顔で、

 画面をのぞき込むな。顔近いぞ。


 あと、敬太の声で、

 状況を分析すんな。耳元で。



 まぁ……正しいけども。


 その分析も。

 その判断も。

 全て正しいと思うんだけれども。



 とにかく。何の前触れもなく、敬太にシフトチェンジするのヤメレ。俺の精神が追いつかんから……。




 ◆◇◆◇




 ……そんなこんなで。

 敬太の読みどおり、それから2時間弱。


 何とか無事に「これならもう大丈夫だろう。」という状況まで漕ぎつけて、終電ギリギリながら今日は解散となった。



 正直、本気で泊まり込みを覚悟していたし。終電とはいえ自宅に帰って布団で寝れるって、本当にありがたいと思う。


 神様、仏様、敬太様?

 どうもありがとう。感謝します。



「ん゛~っ!!」



 何だか全身が縮こまってしまった感じがして。思わず背中を伸ばす。


 ……我ながらオッサン臭いな、と思いながら。



 しかし、何だろう?

 この異常な疲労感。


 俺は情報収集に徹していたから、敬太みたいに現場を走り回ったりしていない。だから肉体的な疲労は、殆ど無いはずなのに。



 まぁ……確かに、それなりに遅い時間までの残業にはなったけど。


 でも、それだって最近まで、当たり前のようにこなしていたのに。平気だったはずなのに。



「……。」



 ――いや、わかってる。


 「高森、無事に帰れたかな……?」とか。

 「今日は悪いことしたな……。」とか。


 そんなことをずっと頭の片隅に引っかけたまま、トラブル対応してたんだ。俺。



 そのうえ、それをずっと気にして。

 気にして、気にして、気にし続けて。


 なのに今日は、会えないんだ。

 高森に。



 こんな深夜にメッセージ送るのも憚られるし。普通に寝てる可能性高いし。


 ……で、鬱々とした気分だけが残る。



 それで参っているんだろう。

 我がことながら、情けない。


 気づけばすっかり、

 高森に依存しちゃってるんだなぁ……。


 俺。



「……お?」



 そんな感じで。


 落ち込みながら辿り着いた、

 いつもの駐輪場。


 いつもの場所に置かれた、

 俺の自転車。



 ……そこに。



   はずさんへ

    お仕事おつかれさま。

    あまり無理しないように

    してくださいね。 みやび



 付箋紙が貼り付けられていた。


 すごく丁寧で。

 でも少しだけ丸っこい、高森の文字。



「……。」



 思わず……いや、泣いてない。

 泣いてないぞ?



 でも、ちょっと……グッと来た。

 付箋紙に書かれた文字を、そっと撫でる。


 何だろう……。


 心の中が、温かいもので満たされる感じがした。さっきまで真っ暗だったのが、少しだけフワッと明るくなった感じがした。



 なんか今、すごく幸せだった。

 心の底から、そう思えた。



「ありがとう……だな。」



 高森から貰った付箋紙、これで4枚目。

 そっと回収して、カバンに仕舞い込む。




 ……これも当面、捨てられそうにない。


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