笑顔の向こう側


 思えば最近、高森と一緒に居てもどこか落ち着かないというか……純粋に楽しめていないというか。


 なぜか、そんな気がする。



 実際、どんな話に何て返事していたか?

 イマイチ思い出せない。


 要は、たぶん。


 高森との関係性はどうあるべきか?とか。

 俺が高森をどう思っているか?とか。


 そんなことばかりで、

 頭がいっぱいになっているんだろう。



 ……もちろん、社会人としての自覚はちゃんとある。


 だから仮に高森のことを一人の異性として好きだと思っても、それを表に出すことがどれだけリスキーなことか、重々承知している。


 だからその感情は、胸の中にしまっておかなければならない。



 そして、その前提の上で。

 純粋に楽しめばいいと思っている。


 高森と一緒に歩く帰り道を。

 毎日の何気ない会話を。

 


 ――そう、思っているのだけれど。



 今日は逆に、隣を歩く高森が……何やら上の空というか、抜け殻というか。端的に言うと元気がない。どうも、心ここに在らず、な感じで。


 いつものように「今日の出来事」「先生への愚痴」「面白い友達の話」みたいな話題も、何一つ飛んで来ないし。


 そうなると俺も、何を言ったら良いのやら……会話が続かない。



「……。」


「……。」



 ……そんなこんなで。


 駐輪場で合流した直後の「じゃ、帰るか。」「はい。」以降、すっかり話もないまま。


 歩いて、歩いて、ひたすら歩いて、

 今に至る。



 このままずっと沈黙ってのも淋しいものがあるし、高森だって居づらいだろう。どうしたものか……と思いながら、横目でそっと高森の顔を見る。



 やっぱり可愛い……





 ――じゃないくて。

 

 いや、違わないけども。

 そうじゃなくて。



 高森の表情からは、特に何か機嫌悪そうとか、体調悪そうとか、そういう雰囲気は感じられなかった。


 ただ前を向いて淡々と歩いている感じ。つまり……ノーヒントですか。


 そうですか……。



「あの……さ。」


「はい?」



 ……結局。

 見切り発車で話しかけてしまった。


 ええい。

 こういうのは勢いだ!ままよ!!



「何かあった?その……元気ない?」


「いえ?元気ですよ?」



 こちらを向いて、にっこりと微笑む高森。



 ……。



「……無理すんな。」


「……。」



 いくら鈍感な俺でも、この笑顔が作り笑いなのは見抜けた。何だか少し、痛々しさを感じたから。



「その……さ。言いたくないなら無理に聞き出す気はないけど。何か、あったのか?」


「……。」



 高森は下を向いて「はぁ……。」と溜息を吐くと、口を開いた。



「……ごめんなさい。」


「いや、謝る必要はないよ。大丈夫?」


「はい……。その。ちょっとテストの結果が良くなくて、ですね。」


「……。」



 ん~。そうか……。


 まぁ、確かに連日、遅くまでメッセージをやり取りしていて、夜更かししてた気がするし。だから、俺のせいでもあるんだよなぁ……それは。



「それで……週末にですね?母親に少し。」


「何か……言われちゃった?」


「はい……。」



 あらら。


 それ、地味に凹むんだよなぁ……。

 俺も経験ある。

 

 まして高森は……

 ご両親との間で色々ある感じだからな。


 最近すっかり頭から飛んでいたけど。

 



「そっか……。その……大変だったな。」


「そうですね……。」



 ……。



 いかん。

 会話が途絶えてしまう。


 でも、悲しいかな。俺にはそこで気の利いた言葉をかけられるような、トークのスキルがない。


 こんな時、何て声を掛けたら良いか分からなくて、言葉が出てこない。



「……。」


「……。」



 聞こえるのは、二人分の足音と、自転車の奏でるカラカラという乾いた音だけ。


 高森は悲しそうな顔をするでもなく、さっきみたいな作り笑いを浮かべるでもなく。実に淡々と歩いていた。



 俺はといえば……そんな高森を時々そっと横目で見ながら、あれやこれやと思いを巡らせて。


 でも結局、言葉が出てこなくて。



 ……。



 そして、辿り着いてしまった。

 いつもの分かれ道。


 「では、またです。」と言った高森は、

 いつもの笑顔だったけど。




 その笑顔の向こう側に、

 やっぱり影を感じたのは。


 たぶん、俺の気のせいじゃないと思う。



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