お返し
夜。
今日も自転車には
付箋紙が貼り付けられていた。
帰宅後、持ち帰った付箋紙を読み返す。
幡豆さんへ
お仕事おつかれさまです。
気を付けて帰ってくださいね。
明日はいよいよ最終日です! みやび
「……。」
こんな内容なら、わざわざ付箋紙に書いて渡すまでもないと思うんだけど。それでも敢えて手書きで貼っていくあたり、高森の心意気には感心させられる。
というか、例えば夕方までに剥がれて落ちてしまったり、誰かにイタズラされたり、下手をすれば読まずに捨てられたり。
そういう悪い可能性を気にしていないあたり、素直というか天然というか……まぁ、良くも悪くも高森らしい。
そんなこんなで。
高森がテスト期間で早く帰るようになって、今日で通算3枚の手書きメッセージ。それらは現状、いずれも自宅に置いてある。
細字のボールペンで丁寧に書かれた、少し丸っこい高森の字。
何だか、落ち着くというか。
心がほっこりするというか。
だから、捨てられなかった。
まぁ……付箋紙の2枚や3枚部屋に置いてあっても邪魔にはならないし、大事に取っておくことにしよう。
♪♪
そんなことを考えていると……スマホがメッセージの着信を知らせた。送ってきた相手なんて、確認するまでもない。
こんばんは
そろそろお家に
つきました?
……監視カメラでもあるのか?そう言いたくなるくらい、相変わらず俺の動きが読まれてる。
百歩譲って、駅に到着する時間は「いつも会う時間」から判るとしても、だ。どうして俺が自宅に帰り着く時間を、寸分の誤差もなく狙えるんだろう?あの子は。
……。
ああ。
ちょうど着いたトコ。
それだけ送って。
「ただいま!」のスタンプを追加で送信。
……気づけば俺、すっかりスタンプの使えるようになってしまったな。人間、変われば変わるもんだ。
♪
高森からもスタンプで帰ってきた。しっぽに火が付いた赤いトカゲが、涎を垂らしながら「おかえりぃ……。」と。
いや、不気味だから。
何か取って食われそう。
スタンプにツッコミ
入れたいのは山々だけど
めんどいからスルーでいい?
♪
再び高森からスタンプ。ギザギザのしっぽをした黄色い電気ネズミが、アへ顔で笑い転げている。
このスタンプさ……。
どう見ても公式の許可取ってないだろ。
大丈夫なのか?使って。
それはそれとして。
メモありがとな。
テスト3日目はどうだった?
♪
まぁまぁですね
でも強いて言うなら
そろそろウンザリかも……
そりゃそうだ。定期テストを嬉々として受ける奴なんて、生まれてこの方俺は見たことがない。
ま、当然だわな。
「さっさと終わらんかな~」
って、当時の俺も思ってた。
♪
でも
明日で終わりなので
今日は明日が楽しみで
えっと……?
明日で終わりで、今日は明日が……?
俺や高森に限らずだけど、どうもメッセージって独特な言葉遣いが出る気がする。
高森って普段、面と向かって話してる時はすごく丁寧な言葉遣いをする子なんだけど。こうしてメッセージを交わしてると、余計に気になるというか、違和感を感じてしまう。
そうだな。
明日に備えて、
今日こそ早めに寝ろよ?
無駄だろうなぁ……と思いつつ。一応、暗にメッセージの打ち切りを誘ってみる。
でもたぶん、無駄だな。
そう思う。
♪
ですね
ところで幡豆さんって
苦手な科目ってありました?
ほら。
相変わらず、超が付くぐらい強引に話題を振って、メッセージを続けようとしてくる。俺の意図なんて汲んではくれない。
……でも一応、全くの無視ではなく申し訳程度に「ですね」と反応してくるあたり、高森らしい律義さは滲み出てるけど。
国語系全般。
あと英語もダメで、
さらに芸術科目は全滅だった。
♪
全然ダメじゃ
ないですかっ
( ´艸`)
……やれやれ。
今夜も長くなりそうだ。
とりあえず、帰り道で買ったコンビニ弁当をテーブルに置いて。ついでに冷蔵庫から缶ビールを取り出して。
晩飯でもつつきながら今夜もゆっくり、メッセージに付き合うことにしようかね……。
きっと終わるころには、弁当が冷え切って、ビールも生ぬるくなってることだろうけど。
◆◇◆◇
♪
ゴメンナサイ
気が付いたらすっかり遅く
なっちゃいました
だな。そろそろ
お開きにしよう。
さすがに俺も眠いわ。
♪
今日もありがとうでした
おやすみなさい
続けて、高森から本日最後のスタンプ。甲羅から大砲が生えている緑色の亀が、「ZZZ……。」と、イビキかいて寝ている。
……今日届いたのスタンプの中では、初めてマトモなチョイスかも知れない。
(つ∀-)オヤスミー
俺も手短に返信する。
「……。」
やれやれ。
ようやく満足してくれたらしい。
今日も長かった……。
結局、今日も日付が変わるまでメッセージが続いた。
もちろん、途中でお手洗いに立ったりシャワー浴びに離れたりもしたから、途中に間が空いたタイミングも有ったには有ったけれど。
それにしたって、よくもまぁ……こんなどうでも良いような話題ばかりで、こんな時間まで続けられたものだと思う。
メッセージをスクロールすると、それこそ延々と画面のスクロールが続く。どこまでスワイプしたら最初のメッセージが出てくるんだ?これ……。
「……。」
……今日も何度となく、メッセージの話題に区切りの付きそうなタイミングはあった。普通にどうでもいいような雑談ばかりなのだから、当然といえば当然だ。
なのに。
やはり高森は、その度に次の話題を持ち出してメッセージの引き延ばしを図ってきた。俺も昨日の結論に従って、高森が話題を振ってくる限りはメッセージに付き合うことにした。
……それが正しい選択なのか、まだ正直わからないけど。
もっと言えば、なぜ高森はメッセージを続けようとするのか?その点についても謎のままなのだけど。
でも結局。俺にできることは、高森が満足するまで付き合うことだけだ。
……いや。高森が満足しているのか、高森が望む対応ができているのか、それも確認のしようがないのだけど。
でも、少なくとも……高森の投げてくるメッセージを受け止めて、キャッチボールを成立させなければならない。
ただの自己満足なのかもしれないけど。
俺自身の意志として、そうした。
「……なら。これも、か?」
ふと視線を向けたテーブルの上。
付箋紙が3枚。
細字のボールペンで丁寧に書かれた、
少し丸っこい高森の字。
「……。」
スマホの画面を消して。
俺はメモ用紙を取り出した。
高森へ
期末テストおつかれさま。
寝不足なってないか?
今日は早く帰って
ゆっくり休もうな。 幡豆
明日の朝。
高森の自転車に貼って行こうと思う。
そうしたいと、思ったから。
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