連絡先



「ふー。ふーっ。」


「……。」



 パジャマに着替えた高森が。


 俺の作ったうどんを、

 ふーふーしながら啜っている。



 普段は大人びていてスキのない印象だっただけに、今の高森は何というか……可愛い。


 いや本気で、可愛い。

 ギャップ萌えとか言わないように。



 ……とりあえず、状況を整理すると。



 キッチンに向かった俺は、先ほど冷蔵庫にしまった食材から “うどん” と “卵” と “冷凍ネギ” を使って調理に取り掛かった。 


 俺の意図を理解した高森は予想どおり、「さすがに申し訳ないので。」だの、「自分で作りますから。」だの、あれこれ言い出したけど……。


 さんざん手を焼きながら、どうにかこうにか言いくるめて。


 続いて俺は、楽な服装に着替えるよう高森に命じた。何しろ高森は……先ほど買い物から帰ってきた格好のままだったから。


 もちろん俺としては、昼飯食べる前にコートと上着ぐらい脱いできたらどうだ?って、そういう意図。



 ……なのに。



 自室から戻ってきた高森は、

 まさかのパジャマ姿だった。


 ちょっと焦った。



「おいしいです。」


「そっか。お口に合ったなら何より。」


「はい。」



 食べる手を休めて、高森が口を開く。



「……幡豆さん、料理できたんですね。意外でした。」


「これ、料理ってほどじゃないけどな。うどん茹でただけだし。汁は麺つゆ薄めただけだし。ネギも冷凍のを使ったから……包丁すら握ってない。」


「でも、ちゃんと玉子とじにしてくれてますし。」


「水溶き片栗粉でとろみ付けて、溶き卵を入れただけだよ?でも、風邪引いたときにはこれに限るな。簡単だし、温まるし。」


「ですね。」



 笑顔で頷く高森。


 体が温まったおかげか、先ほどより少しだけ声のトーンが軽くなった気がする。


 熱っぽい表情は、変わりないけど……。



「ま、ゆっくり食べて。片付けしてくるから。」


「はい。」



 そうして高森に声をかけると、

 俺はキッチンに戻った。


 どうやら食欲はあるようだし。

 ひと安心だな……。




   ◆◇◆◇




「ご飯は小分けにして冷凍庫に入れといたから。食べれそうならお粥にするなりして、ちゃんと食べるんだぞ?」


「ありがとうございます。」



 何度も「いいから寝てろ。」と言ったにも関わらず。高森は結局、玄関まで俺を見送りにきた。


 本当に、律儀というか。

 強情というか。


 でも、昼前にスーパーで偶然会った時より、だいぶ顔色が良くなった気がする。本当に良かった。



「じゃ、お大事にな。」


「はい……。」



(……いいのか?そのまま帰っても。)



 不意に、頭の中で誰かの声が聞こえた。玄関のドアに手をかけた姿勢のまま、思わず足が止まる。



(最後の返事、語尾が震えてたろ?気づかないフリか?)



「……。」



 ……わかってる。

 俺だって本当は、心配なんだ。



 俺が帰ってしまったら、高森はこの家に一人ぼっち。さっきより多少顔色が良くなったと言っても、体調を崩していることに変わりはない。

 

 

(もっと面倒を見てやりたいんだろ?もっと関わりたいんだろ?)


 

 ああ、そうだ。


 でも、これ以上踏み込むのはマズイ。

 そうだろ?これ以上はダメだ。



「あの……どうかしました?」



 不意に聞こえた高森の声で、我に帰った。

 少し上目遣いで、俺を見上げる高森。


 ……その顔を見て。


 暴走気味だった思考にブレーキがかかる。

 そうだ。いま俺がすべきことは。


 

「……俺の連絡先、一応教えとく。何かあったら、いつでも連絡してくれていいから。」


「……!」



 俺の言葉に。

 高森が驚いた表情で固まった。


 ……やっぱり踏み込みすぎたか?


 と、俺が後悔した……次の瞬間。



「ありがとうございます。お願いします。」



 高森はパッと笑顔に戻ると、スマホを取り出してササっと指を動かした。それを確認して、俺もメッセ―ジアプリを立上げて自分のQRコードを表示する。



「……これ。」


「はい。読みますね。」



 ♪



 慣れた手つきでQRコードを読み込むと、すぐさま高森はササっと指を動かす。


 

 ♪~



 すぐ、俺のスマホに「よろしお願いします」と書かれたメッセージが届いた。


 さすが女子高生。

 めっちゃ操作早ぇ……。



「ありがとうございます。じゃ……ホントに困ったら、頼らせていただきますね。」


「ああ。まぁ、遠慮なく呼んでくれていいから……。それじゃ。」


「はい。ありがとうございました。」



 そうして、頭を下げる高森。

 その姿に見送られて。


 再び玄関のドアに手をかけると、俺はそのままドアを開ける。

 


 ……そして。


 

 最後に一瞬だけ、高森の顔を見た。


 嬉しそうな。でも少しだけ淋しそうな。 

 色々な感情が混じった表情。


 その顔に見送られながら、

 ドアを閉めた。



「はぁ……。」



 ついに、連絡先まで交換してしまった。

 これまで、慎重に慎重に接してきたのに。



 ……別に、異性と仲良くなること自体は悪いことではない。そこを否定する気はない。だから適度な距離を守って、高森と接するようにしてきた。


 でも最近、そのタガが外れつつある。


 今日だってそう。弱っている高森を見て、放っておけなかった。どうしても、自分を抑えることができなかった。



(さすがにちょっと、マズくないか?これ。)



 ……。



 いや。考えるな。

 今は何も考えるな。


 早く帰って、

 酒でも飲んで寝てしまおう……。



 頭の中を駆け巡る迷いを抑えつけて。

 俺は自宅へと急いだ。





 ……でも。





 結局この日は、

 なかなか寝付けなかった。


 何故か無性に、

 スマホが鳴らないか気になった。


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