スーパーでの出来事



 土曜日は、食料をまとめ買いする日。

 それが、学生時代から続く俺の日課。



 ……と、言いつつ。



 最近はすっかり手抜きを覚えて、「仕事で帰り遅いし……。」なんて言い訳しつつ、平日はスーパーの弁当や惣菜で済ます日も多い。


 だから “まとめ” 買いとは言いながら、最近はそれほど買い込むこともないのだけど……。



 それでもやっぱり土曜の昼頃になると、どうも買い出しに行かなければならないような。そんな気がしてついつい、スーパーに足を運んでしまう。


 習慣というのは、恐ろしいものだ。



「……?」


 

 そんなこんなで向かった、

 駅前のスーパー。


 ちょうどその出入口で、

 見覚えのある顔とすれ違った。



「よ。買い出しか?」


「……あ。」



 その子は、俺の存在に気づいてなかったらしく。俺が声をかけると、少し驚いた様子で顔を上げた。



「こんにちは……。」



 厚手のコートを着て、買い物袋を下げた高森。その顔は……ん?


 ちょっと、顔赤くないか?


 そういえばさっきの声も、少し掠れていたような気がしたし。服装はと見れば……この時期に厚手のコートとマフラー姿?



 ひょっとして。



「風邪か?」


「……はい。久しぶりにやっちゃいました。」



 弱弱しく微笑む高森。


 よくよく見てみれば、呼吸も少し早い感じがする。相当しんどいんじゃないか……?これ。



「熱は?」


「……少し。あはは……。」



 いや、「あはは……。」じゃないだろう。

 無理してるの丸わかりだ。


 というか、その状況で買い物なんて出かけるか?普通。無茶をする子だ……。



 ……。



 いや。

 出かけるしかなかったんだ。高森は。



 すっかり頭から抜け落ちていたけど、彼女は現在一人暮らしだ。親父さんの仕事の都合で、ご両親は家を空けているという話だった。


 つまり……。



「……。」


「あっ……。」



 とりあえず。

 高森の手から買い物袋を取り上げる。


 今は、ここで立ち話なんてさせるべきじゃない。一刻も早く帰って、休ませた方が良いだろう。



「送ってく。歩けるよな?」


「……ありがとうございます。」



 素直に頭を下げる高森。

 そのまま俺に並んで歩き出す。



「風邪薬は?」


「一応、家にあったのを飲みました……。でも、食材が尽きちゃったので……。」


「なるほどな。だから買いに出た、と。」



 何となく、手元の買い物袋を見る。


 あまりジロジロ観察するのも失礼だから、あまり詳しくは見ない様にしたけど……。


 袋の口からハッキリ見えのは、牛乳、茹でうどん、卵。他に、冷凍食品と思われる物がいくつか。



 ……というか、中々の重さだった。

 風邪ひきで運ぶ量じゃないぞ、これ。




   ◆◇◆◇




 ……そうして二人で辿り着いた、

 いつもの曲がり角。


 ここを曲がれば高森の家はすぐそこ。

 いつもなら、ここで別れる訳だけど……。



「……すみません。送っていただいて。」


「……。」



 俺を見上げた高森が、買い物袋を受け取ろうと俺の方に手を伸ばす。



 ……どうする?



 このまま袋を渡して「お大事に」でいいのか?それはいくら何でも、薄情じゃないか?


 でも、だからといって……。


 これ以上は、余計なお世話だったりしないか?いくら知り合いとはいえ、さすがにこれ以上踏み込むのは、マズイんじゃないか……?


 そうして逡巡しながら、改めて目の前の高森の顔を見る。



 頬が赤いのは、熱のせいだろう。

 目元にも、いつもの輝きがない。


 ……その弱々しい瞳から。

 どうしても俺は、目を逸らせなかった。



「親御さんは?」



 答えなんて、聞く前からわかってるくせに。それでも……あえて聞いてしまった。


 そして、この問いかけをした時点で。

 もう腹を括るしかなかった。



「今週は……帰ってこないです。」


「……だよな。そんな気はしたけど。」



 買い物袋は渡すことなく。

 俺は高森を追い越して歩き出した。



「……。」



 どうやら俺の意図を理解したのだろう。

 一歩遅れて、高森もついてきた。




   ◆◇◆◇




「とりあえず、買ったものは冷蔵庫で良いよな?キッチンは……こっち?」


「はい……。こっちです。」



 外から見た時点で、既に予想はしていたけど。高森の家は、広くて立派だった。


 俺の実家も一応、一軒家ではあったけど。そんなのとは比べ物にならない。それに、家具にしろ内装にしろ何というか……気品を感じる。


 これと比べちゃったら、俺が今住んでる安アパートなんてそこらの犬小屋と大差ないんじゃないか……?



 ……そんなことを思いながら、とりあえず買い物袋の中身を片付けていく。


 ちなみに、先ほどちらっと見えていた冷凍品は、刻みネギとミックスベジタブルだった。こんな時でも冷凍『食品』でなく『食材』を買うところが、何だか高森らしい。



 だからこそ、余計に心配になるんだけど。



「あの……ありがとうございました。いま、お茶出しますね……。」


「いや。だから病人が無理するな……。」



 律儀にも食器棚から湯飲みを出そうとする高森を留めて。とりあえず、手近にあったダイニングの椅子に座らせる。


 ……その瞬間。




 “くぅ~〜”




 何か、聞こえた。



「……。」



 ……まさか。

 そう思って顔を見ると。


 赤かった顔を、もっと赤くして。

 俯く高森。



 

「……食事は?ちゃんと食べてるか?」


「……。」


「いつから食べてない?」


「昨日から何も……。」



 マジか。

 いや、薄々そんな気もしていたけど……。



 ……先ほど入った、キッチン。


 野菜と調味料は多少残っていたものの、菓子パンとかレトルト食品とか、つまり “すぐに食べれそうなもの” は、何ひとつ見当たらなかった。


 おそらく、普段からきちんと自炊をしているために、そういうインスタント食品をストックしておく習慣がなかったんだろう。



「……。」



 ……ひとまず、整理しよう。



 目の前に居るのは、体調を崩している高森。彼女の両親は不在にしており、看病をしてくれる人はこの家に居ない。


 そしてこの家には、手軽に食べられそうな食品がない。ただし、先ほど彼女が購入してきた食材には、うどんと卵があった。



 以上の条件から、

 いま俺がすべきことは何か?



「……?」



 急に黙り込んだ俺を不思議に思ったのか、相変わらず熱っぽい顔で俺を見上げる高森。



 ……その顔を見てしまったら。


 出てくる答えなんて。

 一つしかなかった。




「キッチン、借りるぞ。」



 ポカンとした顔をする高森を残して。

 俺は、キッチンへと足を踏み入れた。



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