太陽と惑星と流れ星



「なぁ、敬太?」



 昼休み。



 どこまで食べても麺しか出てこない『焼きそば定食』を突つきつつ。向かいに座る相棒に問いかける。



「例えばだ……。お前が、女性社員から『付き合ってください』と交際を申し込まれたとする。」


「……何だ?藪から棒に。」


「その女性は、お前と同じプロジェクトに携わっていて。少なくとも、あと半年くらい顔を合わせる仲が続く。しかし、お前はその女性に対して、お付き合いする意思はない。」


「……湖西さんのことか?」



 ……。



「……誰だ?それ。」


「先週からウチのグループに入った派遣社員の人。歳は……ひと回り上かなぁ?何か、物凄いメイク盛ってる上に、キッツイ香水まで漂わせてて。しかも、何かねぇ……。」


「?」


「……俺らと打合せする時、目つきが怪しいんだよな。こう……何だ?上から下まで舐め回すように……って感じ?ジロジロ見るんだよねぇ……特に股間のあたり。アレはマジでムリだわ……。」


「……。」



 敬太が、そんな状況に陥ってるとは。何て面白――



 ……いやいや。


 どうも大変な人が来ちゃったらしい。

 ご愁傷さま。



「……その『湖西さん』って人は知らないけどさ。ま、例えばその人でもイイや。もしその人に告られたとしたら、お前ならどうする?」


「断固として、お断りだ。もうキッパリ。金輪際。『無理』と言い切ってやる。何なら署名捺印のうえ文書で通告してやる。」


「でも、同じプロジェクトを抱える関係者だろ?この先も顔を合わせる訳だ。関係性が悪くなったら……とか、心配になったりしないか?」



 そう。聞きたいのはそこだ。


 ……何か『湖西さん』っていう妙な人物の登場で、若干バイアスの掛かった答えになりそうな感も否めないけど。



「……。」



 敬太はそのままひとしきり黙ると、残りの焼きそばを一気にかき込んだ。



「それでも、お断わりだ。結局さ、無理して引き延ばしたり保留したりしても、どっかで無理が出るんだよ。お互い、ストレスも溜まるだろうし。だったら、さっさと斬って捨てて、その後のフォローにエネルギーを割いた方が合理的だと思わないか?」


「なるほどね……。」


「まぁ、アレだ。安易な逃げに走ると、却って大きなリスクを負う。白黒ハッキリさせた方が良いってこと。」


「そういうもんか。」


「そういうもんだ。」



 自信たっぷりに言い切る敬太。


 さすが経験豊富というか、手慣れてるというか。こうもキッパリと言い切れる、その度胸を持っていることが羨ましい。



 ……高森は今頃、ラブレターの差出人くんと対峙している頃だろうか?変にモメたり、困ったことになったり、してなければ良いんだけど……。



「ちなみに……。」



 ちょうど皿の底からキャベツの欠片を見つけた敬太が「具、これだけかよ。」という表情をしながら口を開く。



 ……贅沢言うな。

 入ってただけマシだと思え。


 俺はひと欠片も入ってなかったぞ。


 

「……例の『湖西さん』だけど。来月からはお前のトコに異動らしいぞ?今朝、課長が言ってた。」


「げぇ……!」



 ……焼きそばの具の有無なんて。

 どうでも良くなった。




   ◆◇◆◇




「ということで……。何か来月から、ちょっと変わった人が同僚になるらしくて。参っちゃうよ……。」


「ふふっ。まぁ、いろいろな人が居ますよね。ウチのクラスにも一人、『見えちゃいけないもの』が見える子がいますよ?」


「……『見えちゃいけないもの』?」


「はい。例えば今日は、物理の先生の背中に血まみれの猫がしがみついてたそうです。」


「そりゃぁ怖ぇ……。」



 帰り道。


 

 とりあえず、敬太からの情報の裏を取った結果、ホントに来月からウチのグループに『湖西さん』なる御仁が来るという悲劇が確定してしまったので、高森との会話のネタにさせてもらった。


 でも……どうやら高森のクラスにも、変わった子がいるらしい。世界は不思議に溢れてる。



 ……で。



「ところで昼休みは大丈夫だった?その……ラブレターの差出人クンとは。」



 程よく空気も和んだ感じだったので、本題に踏み込んでみた。


 まぁ、高森の雰囲気に暗い感じはなかったし、それほど困った結果にはならなかったんだろうと推測してるんだけど……。



「はい。無事にお断りすることができました。『これからもクラスメイトとして』ということで。」


「そっか。よく頑張ったな。」


「はい。まぁ……横で友達が、上手く間を取ってくれたおかげですけどね。」



 なるほど。そういえば、友人が同行してくれるって話だっけ。


 どうやら本当に、現場まで一緒に行ってくれたらしい。何て良い友達。



「その友達、大事にしなきゃだな。なかなか居ないぞ?そこまでしてくれるヤツ。」


「そう思います。雪ちゃんって言うんですけど、何か……太陽みたいな子なんですよね。」


「太陽?」


「明るくて、元気で、思ったことをハッキリ言える。いつだって輝いてる。……そんな感じですね。」


「なるほど、だから『太陽』か。」


「はい。」



 どこのクラスにも一人くらい、そういう元気なのが居た気がする。


 いつだって煌々と輝くことができるヤツ。いわゆる “陽キャ”。



 ……間違っても、俺じゃないぞ?俺はどちらかというと目立たないタイプだった。


 いつも “陽キャ” な奴らを羨ましく思いながら、喋ったり遊びに混ぜてもらったりしてた。どっちかというと俺はそういう子。



「それに、雪ちゃんには人が集まるんですよね。雪ちゃんの周りは、いつだって雪ちゃんを中心に回ってるんです。」


「……惑星か?」


「はい。私たちは惑星なんです。」



 そこで、高森は一呼吸置くと。


 

「今日、私がきちんと告白を断れたのも、雪ちゃんが照らしてくれたおかげなんです。私は自分じゃ何もできない惑星だから。……ちょっと、自己嫌悪ですね。」


「……。」



 そんなことを言いながら、夜空を見上げる高森。


 これまでも時々感じていたことだけど。どうもこの子は、自分に自信を持てていないというか、無駄に自分を卑下してしまう癖があると思う。


 そんな高森に、俺はどんな言葉をかければ良いんだろうか……。


  

「あっ!!」


「!?」



 ……びっくりしたぁ。



 真剣に考えこんでしまったところに、いきなり高森が声を上げたものだから。一瞬、心臓止まったかと思ったぞ……。



 ……何とか冷静を取り繕って。


 高森の方を振り向くと、そこにあったのは……嬉しそうな笑顔。



「流れ星っ!!いま流れ星見えました!!」


「お。マジで?」


「はい!」



 ……何だ。


 本気で心臓止まるくらいビックリしたのに。どうやら、夜空を見上げたらちょうど流れ星が見えた、ってだけのことらしい。


 急に大声なんて出すから、何か事件でも起きたのかと思ったぞ……。



「流れ星か。そろそろ時期だもんな。」


「時期……?」


「知らない?11月17日……あれ?18日だっけ?『しし座流星群』の時期だよ、そろそろ。」


「全然知りませんでした。そっか……流星群、なんですね。」



 感心したように呟く高森。

 そっか……。高森は知らないのか。


 こういうのって、学校では教えてもらった記憶がない。俺はたまたまニュースとか雑誌とかで興味を持って、自分で調べたから知ってるけど。


 小さい頃に接点がないと、そういうのに触れる機会もないまま、大人になってしまうんだろうな……。そう考えると、勿体ない気もする。



「でも、願いごとがあるならチャンスかもですね。」


「え?願いごと……?」



 またメルヘンな……。


 

「はい。流れ星と言えば願いごとですよ。言えるように準備しとかないと!」


「ん~、どうだろ?現実的には一瞬だよ?流れるまでに言い切るのは厳しいと思うけど……。」


「それでも、願ってみたくなるものなんですっ!」



 つい現実路線に走ってしまう俺。

 間髪入れず言い返す高森。


 いや、そんなにムキにならくても……。



「そういうもんか……?」


「はい!」



 何やら嬉しそうに頷く高森。その笑顔は煌々と輝いていた。さっきまでの淋しげな表情はどこへやら。



 ……。



 高森に見えないように、そっと安堵した。


 なんだ。

 お前だって、太陽じゃん。




 明るい表情で歩き始めた高森を追って。

 俺も再び、帰り道を歩き始めた。



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