晩ごはん



 一体、何がどうしてこうなった?

 見慣れた自宅のキッチンに……



 高森がいる。



 「……。」



 パンク修理が終わって。

 晩御飯を作ると高森が言い出して。


 高森に促されるまま

 スーパーへ向かって。


 高森に言われるまま

 食材を購入して。



 そして自宅へ着いて。


 気づけば「リビングでゆっくりしててください。」などと、高森に言われるままキッチンから追い出されて。


 で、手持無沙汰になって今に至る。



 ……そもそも、さ。



 高森は「リビングで」なんて言ったけど。ウチはワンルームの賃貸マンションだっつの。キッチンから追い出されたって、行き着く先は同じ部屋の中だっつの。


 だから余計に、落ち着かないことこの上ない。



 「幡豆さん。このお皿、使っていいですか?」

 

 「ああ。いい……けどゴメン。最近あまり使ってなかったから、ちょっと洗うよ。」



 ……きたっ!


 手持ち無沙汰から脱するチャンス到来。高森から断られる前に、皿洗いに取り掛かることにしよう。



 「茶碗と汁椀と……あと何が要る?」

 

 「肉じゃがを入れたいので、ちょっと深めのお皿が欲しいです。あと、その小鉢も使いたいです。」

 

 「了解。」



 先ほどからお出汁の良い香りがしていたので、「和食かな?」とは思っていたけど。どうやら “肉じゃが” だったらしい。

 

 ……鍋の中でコトコト揺れる、黄金色のジャガイモが気になって。皿洗いをしながら、そっと隣に目を向けると。



 「……。」



 そこで。



 思わず見とれてしまった自分に気づいて、慌ててごくりと唾を飲み込んだ。高森にバレてないことを祈る――



 「ふふっ。もうちょっと待ってくださいね?あと少しでご飯が炊けるので。」


 「了解。」



 ……残念。

 ちゃんとバレた。




   ◆◇◆◇




 「いただきます。」


 「どうぞ。」



 待ちに待った、晩ごはん。


 思わずガッ付きそうになる気持ちを抑えて、綺麗に盛り付けられた肉じゃがに箸をつける。なるべく上品に、上品に……。



 「……美味っ!」



 ……無理だった。


 

 「そうですか?良かったです。」


 「驚いたよ……。高森、料理上手だったんだな。」

 

 「いえいえ。そうでもないですよ?ただ、今日は他人に食べてもらうので、いつもよりちょっとだけ頑張りましたけど。」


 「それにしても、手際は良いしさ。よくこの短時間で、これだけ作れたな……。」



 自宅に着いてすぐ。高森はまっ先に、炊飯器をセットしていた。


 炊き上がるまで、約1時間。高森はその間、コンロと電子レンジをフル活用して、肉じゃが、ほうれん草のお浸し、味噌汁の3品を同時進行で仕上げていた。



 一応、俺自身も料理はする。

 最近、ご無沙汰ではあるけど。


 だから一応、同時に複数の調理をする難しさは知ってる。というか「俺には無理だな。」って、自覚もある。


 それこそ……焦がしたり、吹きこぼしたり、その他諸々やらかして。



 「ホントは圧力鍋で煮込むと、もっとホクホクになって美味しいんですよ?」

 

 「圧力鍋か……あまり使ってないな。」


 「幡豆さんは煮込み料理、あまりしないですか?」

 

 「そうだな……。適当な炒め物とかカレーとか、それくらいしか作れない。」


 「カレーが作れるなら肉じゃが作れると思いますよ?味付けが違うだけで、大まかな手順は似てますから。」


 「いや。その味付けの差は大きいよ。カレーって、ルーを放り込めば勝手に美味しくなるじゃん?」


 「ふふっ。ま、それは否定できませんね。」



 そんなことを話しながら、二人で箸を進める。


 気づけば、「ちょっと作りすぎたかもですけど……。」という高森の心配も杞憂に終わり、結局すべて食べきってしまった。それくらい、高森の作ってくれた晩御飯は美味しかった。



 ……そして、何より。



 久しぶりにの晩御飯。


 やっぱり、いいよな……。

 この感覚。




 ◆◇◆◇




 「お邪魔しました。」

 

 「ああ。……ホントに送って行かなくて大丈夫か?」

 

 「心配ないですよ。いつも駐輪場にいる時間を考えたら、まだまだ早いですし。」


 「まぁ……そうなんだけどね。」


 

 夕食を終えて後片付けをして。

 高森を玄関先まで見送る。


 本当は、自宅まで送ろうと思っていたのだけど。それは高森から、丁重に断られてしまった。


 

 「じゃ、ホントに気を付けてな。あと……ごちそうさま。」

 

 「いえいえ。こちらこそ自転車、ありがとうございました。それでは。失礼します。」



 ……最後の最後まで高森らしい。


 丁寧に頭を下げると、高森は階段を降りて行く。そして程なく、階下にある駐輪場から「カシャン」と、自転車の鍵を開ける音が聞こえた。


 その音を合図に、俺も玄関の扉を閉める。





 ……本当に、幸せだった。




 

 久しく、忘れていた感覚。


 誰かと一緒にキッチンに立って、

 誰かと一緒にテーブルを囲んで、

 誰かと「美味しい」と伝え合う。


 そうすることで、

 2倍も3倍も食事は美味しくなる。



 何となくだけれど、高森も同じことを思ってくれている。そんな気がした。たぶん、気のせいではないと思う。


 実際、高森の笑顔は輝いて見えた。鍋の中で黄金色に輝くジャガイモに、負けないくらいに……。



「……。」

 



 ……そう。

 あの時。


 俺が見とれていたのは、本当は。







 鍋の中身じゃ、なかったんだ。




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