なぜか


 ドアが開く。

 乗客がホームへ降りていく。


 その人波に交じって。

 俺も改札へ向かう。



 実はほんの少し前まで、俺は降りていく乗客のその最後尾くらいを、ゆっくり歩いて改札に向かっていた。何故なら人混みがあまり好きでないから。


 ……なのに、今。


 俺は、改札へ急ぐ人混みに交じっていち早く電車を降りている。理由なんて……言うまでもない。



「こんばんは。」


「ああ。……今日も居るんだな。」



 いつもの時間。

 いつもの駅で。


 俺を待っている女の子が居るから。



 いや、別に約束してるわけでもないし。この子が勝手に待っているだけだし。だから俺が急いで帰る必要性なんて、全くない。


 ……ない、のだけど。



「はい。私もちょうど今、帰りなんです。」


「……。」



 嘘だな。



 今日、俺は電車から降りる人並みの中、先頭が見えるくらいの位置で改札を出た。なのに俺は、駐輪場に着くまで彼女を見つけることができなかった。

 

 つまり、高森はもっと早い電車で帰ってきて、ここでじっと待っていたはずだ。そうでなければ、俺の視界に入らなかった説明がつかない。



 ……そこまでして俺を待つ理由って、

 いったい何だ?



「……。」


 

 一瞬、変な期待が脳裏に浮かぶ。

 

 いや。俺だって男の端くれなのだから、そのくらいは許してほしい。ホントにホントに一瞬、頭の片隅をかすめただけなんだ。



 ……けれど、慌ててそれを掻き消す。そんなことは、絶対にありえない。


 何故って?それは昨日、彼女の口から明らかにされたとおりだ。いくら何でも俺たちは歳が離れすぎている。恋愛感情を抱くには……。



「……どうかしました?」



 小首をかしげて俺を見上げる高森。

 ……うん。


 でもやっぱり、

 可愛いものは可愛い。

 


「いや、何でもない。じゃ、さっさと帰るぞ?」


「はい。」



 高森はそう返事をすると、至極当然であるかのように自転車を引き出した。


 ……いや。そうだろうとは思ってたけど。どうやら今日も、送って帰ることは既定路線になってるらしい。



 俺も続けて、自分の自転車を引き出す。


 そうなった以上、とにかく今はこの子を無事に家まで送り届けること。それが俺の最優先事項だろうから。




   ◆◇◆◇




 高森の家は、駅からさほど遠くなかった。


 普通に自転車に乗って行けば10分掛からず着いてしまうであろう、それくらいの距離。



 ……なのに。

 かれこれ15分が経過。


 何故って?



 俺の右隣にいる高森が、

 自転車を押しているからだ。



 ……たしかに駐輪場の出口を出るまで、自転車は押して歩くのがマナーだけど。でもその出口もずいぶん前に通過した。なのに高森は、何故かそのまま自転車に乗ろうとしないのだ。


 だから、やむなく俺もそれに合わせて、自転車を押して歩いている。



 しかも……だ。



「幡豆さんは、週末どうしてるんですか?」



 気を利かせてくれているのか、本当にお喋りが好きなのか、それは良くわからないけど。兎にも角にも、次から次へ。高森が話題を振ってくる。


 内容はまぁ……正直ありきたりというか、話題に困ったときの定型文みたいなものばかりではあるけど。



「ん~。特に決まったことはないよ。たまった洗濯物を片付けたり、買い物出たり、飯作って食べたり、そんなとこ。」


「ずいぶん所帯じみてますね。」



 ……悪かったな。所帯じみてて。



「いや、金も趣味もない男の週末なんて、そんなもんだって。逆に聞くけど、そういう高森はどうなんだ?」


「私ですか?私はちゃんと学生なので。宿題したり復習したりしてますよ?」


「真面目か。」


「ふふふっ。」



 前を向いたまま、クスクス笑う高森。


 でも……本当に定型文な会話ばかりで、何だか申し訳ない気もする。本当は、俺の方から上手く話題を振ってやれると良いんだけど。


 ……残念ながら俺、正直言って会話の引き出しが広くない。上手い話題なんて早々出てこない。



 ま、とりあえずは楽しそうだし。

 一旦、良しとさせてもらおう……。



「でも明日、模試があるんですよ。やだなぁ……。」



 そう言って肩をすくめる高森。

 模試か……。


 そういえば、昨日の「16です」発言の衝撃ですっかり忘れていたけど。今週末は模試があるって話だったな。



「そうなのか?日ごろ自習室で勉強してるような優等生でも、模試ってのは嫌なものなのか?」


「それはそうですよ。良い結果ばかりなら良いですけど、残念な結果だったら悲しいですから。」


「そっか。意外。」


「そういう幡豆さんはどうだったんですか?高校のころ。」


「俺……?」


「はい。」



 え……?どうだっただろう?

 正直なところ、あまり覚えていない。


 俺は、高森みたいに真面目じゃなかったし。成績だって中の中の上くらいで、至って普通だったし。


 というか、試験の結果について「良かった」とか「悪かった」とか、一喜一憂した記憶がそもそもない。



 ただ……。



「まぁ……たしかに、少なくとも試験を『楽しい』なんて思うことはなかったかもな。」


「ほら。そうでしょう?」



 我が意を得たり、という顔の高森。いや、俺は「嫌だった」とまでは言ってないんだけどな。



 ……。



 しかし、それにしても。

 やっぱり思う。


 一体、どういう育てられ方をしたら、こんなに大人びた16歳が生まれるんだろう?



 知り合ってから数日。高森はいつだって、俺との間に会話が続くように、自分から話題を振ってくれる。


 これって簡単なように見えて、やってみると意外と難しい。



 俺だって仕事を始めてから、人付き合いのために “多少強引にでも会話をしなければならない場面” に出くわしたことはある。


 そういうときには、頑張って俺の方から口を開くけど……。正直、上手く会話が続かなくて途切れてしまったり、つい一方的に喋ってしまったり。なかなか思うとおりにはいかない。



 対して、高森はとてもスムーズに話題を振ってくる。確かに、やや定型文的ではあったけれど。でもそれは、会話を生み出そうと頑張っているの裏返しだ。


 ……一体、いつ。どこで。そんなスキルを身に付けたっていうんだろう?わずか16歳の女の子が。



「……。」


「?」




 何故だか、妙な違和感を感じた

 そんなひと時となった。





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