じゅっ……っ!?


「眠っみぃ……」



 昨日は結局、終電ギリギリまで粘って、積みあがった仕事の片付けに勤しんだ。


 まぁ……冷静になってみれば、必ずしも昨日のうちに片付ける必要のなかったものもあったけど。何というか、そういう気分だったのだ。



 結果、仕事の山は一掃されたものの、

 代わりに疲労と寝不足が積み上がった。


 ……そんな次第。



「あ。」



 そして。



 いつもの時間。

 いつもの駅。

 

 いつもの駐輪場に佇む

 高森の姿を見た。



「こんばんは。幡豆さん。」


「ああ。こんばんは。いま帰り?」


「はい。幡豆さん、昨日はかなり遅かったみたいですね。お疲れさまでした。」


「そうだね……。ちょっと仕事溜まってたから。」



 ……と、何の気なく答えてから気がついた。なぜ高森、俺の帰りが「かなり遅かった」って知ってるわけ?


 

「ひょっとして……待ってた?」


「あ……。」



 わかりやすく “図星” 顔の高森。

 はぁ……。


 何とまぁ。

 律儀というか、何というか。

 


 そして、同時に俺の中で……こみあげてくる罪悪感。

 

 いや、言い訳させてもらえるなら。別に高森が勝手に待ってただけであって、俺は「待ってろ」なんて言ってない。だから、俺が罪の意識に捕らわれる必要性は全くない。

 


 ない……はずなのだけど。



「悪い。俺さ、ちょくちょく帰りが遅くなるんだよ。仕事の都合で。」


「いえ……私が勝手に、待ってただけですから。」



 ……。



 「なぜ?」とは聞けなかった。


 別に、昨日の昼に敬太から聞かされた “噂” を気にしてるとか、そういう訳じゃないのだけど……。


 でも何だか。何となく。

 その理由は聞いちゃダメな気がした。



「……でも、ホントにこんな帰り遅くて大丈夫なのか?毎日、朝早いんだろ?」



 そう。


 そんなことより、

 いま問題にすべきはそっちだ。



 毎朝俺が駐輪場に着くと、既に高森の自転車は隣に止めてあった……と、思う。


 いや、 “高森の自転車” って認識するようになったのはつい最近のことだから、もしかすると途中まで違う誰かの自転車だった可能性もあるけど。


 でも、少なくともここ数日に限って言えば、高森は俺より早い時間に駅に着いているはずなのだ。


 そのうえ俺を待つことで帰りが遅くなったりした日には……。寝不足になったりしてないだろうか?



「大丈夫ですよ。若いので!」


「……それは、オッサンに対する当てつけか?」


「ふふっ。」



 いたずらぽく笑う高森。 


 ……その小悪魔っぽい笑顔に。

 不覚にもドキッとしたのは、秘密だ。



「でも……実は週末に模試があるので。ホントは早く帰らないと、なんでしょうけどね。」



 模試か……。

 模試……?



「ひょっとして、受験生?」


「いえ?1年ですよ?私まだ16です。」


「じゅっ……っ!?」



 

 ……16ぅっ!?




 思わず高森の顔を見る。


 ……なるほど。

 言われてみればたしかに。


 顔立ちに何となく、

 あどけなさを感じるかもしれない。



 でも……。



 しっかりした言葉遣いとか。

 物凄く丁寧な物腰とか。


 16歳にしては……

 あまりに大人びてないか?



 何だか、まるで――



「何か、失礼なこと考えてませんか?」


「何が……?」


「オバさん臭いとか。」


「そんな失礼なこと思ってないって!予想外だったのはホントだけど。でもまさか16とは思わなかったから……。」



 ……いかん。


 慌てたあまり、アレコレと言い訳してしまった。それを聞いた高森は、ますます非難するようなジト目。


 いかん。いかんぞ。

 ますますいかん。


 

 どうしてこう……スマートに言葉を返せないんだろうか?俺は。


 とは言っても、しかしだ。自分が16歳だった頃を振り返ってみると……うん、やっぱり違う。16歳の俺は、もっともっとだった。


 少なくとも……こんなに余裕を感じさせる受け答え、当時の俺には絶対できなかったはずだ。それだけは断言できる。



「……その。」


「ん?」


「そんな見つめられると……照れるんですけど。」



 そして気づけば……。先ほどまでジト目で俺を睨んでいたはずの高森は、すっかり視線を逸らして俯いていた。



「ごめんごめん!!」



 慌てて俺も、視線を逸らす。



「えっと……とりあえず。それなら尚更、早く帰ったほうが良くないか?」



 思わずそう喋り出して、

 そこで躊躇した。


 “この先” を続けて良いか

 わからなくて。

 


 ……この状況。俺から高森にかけるべき言葉なんて、一つしか無い。高森自身も先日、それを期待してるようなことを言っていたわけだし。


 でもあれは、

 本心だったのだろうか?


 ただの冗談だった、

 という線はないだろうか?


 それを真に受けて、俺の方から誘ったりしたら、「キモイ」とか「ウザイ」とか言われないだろうか……?




 ……。

 



 でも。


 この期に及んで躊躇するのも、

 それはそれで格好悪いか。



「……送ってくよ。」


「!」



 瞬間、高森が顔を上げた。


 驚いたような表情。

 少し色素の薄い、2つの瞳。



 そして……。



「そうですね。今日は、送ってくれるんですよね?オオカミさん?」



 すぐに表情を緩めると、一昨日と同じイタズラっぽい笑顔でそう応じてくれた。どうやら拒否られてはいないらしい。よかった……。



「違うっつの……。まぁ、送っていくには送っていくけどさ。」


「はい。」



 そう言って、穏やかに微笑む高森は――



「?」


「いや、何でもない。じゃ、行くか。」


「はい。お世話になります。」






 ……やっぱり。

 16には見えなかった。




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