オオカミさん
「こんばんは。」
「……。」
頭の片隅で、
そんな気はしていた。
ひょっとして、
今日も駐輪場に居たりするのか?
って。
……だけど、いざ本当に居たりすると面食らってしまう。それも、あろうことか高森の方から笑顔で話しかけられた日には。
「あぁ……。またドミノか?」
やっとのことでそれだけ返すと、それを聞いた高森は表情を緩めた。
「そんなに毎日、うっかり自転車倒してたら困っちゃいますよ。大丈夫です。」
そう言いながら背後に視線を向ける高森。たしかに、倒れている自転車は見当たらない。
「……とすると、今日も自習室か。」
「そんな感じです。」
高森の表情は明るかった。
昨日の「元気出ました」発言が気になるところだけど……今日の高森を見るに、何か悩みを抱えている子のようには感じられない。
俺の考えすぎだったんだろうか?
……それをストレートに聞くほど、俺は世話焼きじゃないし。ついでに言えば、そんな度胸も持ってないし。
つまるところ、深く関わることもあるまい。とりあえず世間話でもして、サヨナラでいいだろう。
「しかし……それにしたって帰りが遅くないか?親御さん、心配しないか?」
「……。」
……あれ?
いやいや。のっけから沈黙だし。
俺、マズイこと言っただろうか?
すぐに自分の発言内容を振り返ってみるけど……特に問題発言はなかったと思う。そう信じたい。
……と、急に高森が微笑んだ。
そして。
「じゃ。そんなに心配なら……。」
いつも彼女が見せるのとは少し違う、ちょっと小悪魔っぽい笑顔。
その口から飛び出した言葉は……
「幡豆さんが家まで送って行ってくれたら、いいんじゃないですか?」
……。
予想の斜め上どころか、その遥か上空を亜音速でブッ飛んで行くような内容だった。おいおい……。
「……送って行けと?」
「はい。」
「俺に?」
「はい。」
即答だし。
「それなら幡豆さんは心配しなくて済みますし。私は安全に帰れますし。一石二鳥じゃないですか。」
「いや……そもそも俺が安全なヤツか?っていう点をまず心配すべきじゃないか?」
「幡豆さんって、オオカミさんなんですか?」
……頭痛くなってきた。
「わかりますよ。それくらい。幡豆さん、少なくとも悪い人じゃないです。」
「……。」
あっけらかんと言い放つ高森。
いやいや……。
予想外の展開に何も言い返すことができない俺を尻目に、高森は続けた。
「もし幡豆さんが……私を取って食っちゃおうって悪いオオカミさんなら、ここで悩んだりしませんよね?快く引き受けて、そのまま二人きりになった所でパクっと食べちゃえばいいんですから。」
そう言って、クスっと笑う高森。
……なるほど。
まぁ、確かにそうだけど。
「良く見てるな……ホント。」
「身を守るための知恵です。」
「なるほど。」
「で、送ってくれるんですか?くれないんですか?」
「……。」
むぅ……。そこまで言われたら、送って帰るのも大人としての務めか?実際のところ、女の子を一人で歩かせるには随分と遅い時間だし。
でも……でもなぁ。
それはそれで、問題ある気もするし……。
……そんな感じで俺が逡巡していると。高森が突然、「ふふっ。」と笑った。
「なんて。こんなこと言い出したら困るかな……?って。少し意地悪しちゃいました。ごめんなさい。」
ぺろりと舌を出した。
「……冗談か?」
「はい。」
これまた即答だし。
やれやれ……。
……確かに俺は、高森を「取って食っちゃおう」なんて塵も思ってない。思ってないけど。
さりとて、ここまで意識されてないってのも、男としては淋しいものなんだぞ……?
果たしてこれは、信頼されてるのか。
それともこれは、舐められてるのか。
と……。
「……そうですね。でも、全部が冗談って訳じゃないです。」
高森は再び、真顔に戻ると。
「幡豆さんの気が向いた時でいいです。もしホントに送っていってくれるなら……私は嬉しいですよ?」
少し上目遣いで、そう言った。
その破壊力……抜群だった。
「えっと。じゃ、私、帰りますね。幡豆さん、また明日です。」
これまたいつもとは違う、少し照れたような笑顔を残して。
高森は自転車を押すと、出口へ向かって足早に去ってしまった……。
「……。」
いかん。
今、完璧に高森のペースに飲まれた。
つまり……何だ?
高森を送って行けば良かったのか?
それとも拒否すれば良かったのか?
……拒否することは簡単だ。俺は、高森の家族でもなければ保護者でもない。彼女を家まで送り届ける義務も必要性もない。
でも俺は……それを迷った。
引き受けるべきか断るべきか。
一瞬、真剣に考えた。
それってつまり……俺自身に「送っていきたい」って、そんな気持ちがあったんじゃないか?願望があったんじゃないか?
「……。」
……そうだな。
難しく考える必要はないか。
高森だって言ってたじゃないか。「気が向いた時でいい」って。だから気が向いたら、今度は家まで送って行ってやろう。
別に、間違いが起きると思えないし。
何度も言うけど、起こす気もないし。
「よし……。」
それだけ呟くと、俺も自転車を引き出して駐輪場を歩き出した。何故だか無性に鼻歌でも歌いたくなる気分だったけど……たぶん、気のせいだ。
気のせいだ。
……ということにしておこう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます