喉に小骨


 月曜日の朝というのは、

 どうしてこう……。

 

 気怠いというか。

 気分が乗らないというか。



 ……平たく言えば、

 「仕事行きたくない」感覚なんだろう?



 別に、仕事が嫌なわけではない。実際、始まってしまえば余計な気分も消えて、むしろ没頭してしまったりするのだけど。


 それでも何だか……前向きな気分になれない。それが、月曜日の朝。

 

 

「……?」



 そんな気怠い気分で駐輪場に着くと、いつもの場所に、いつもの自転車を見つけた。


 高森みやび。


 偶然知り合った、この自転車の持ち主。今日も、俺より早くここに来て、先に学校へ向かったらしい。



「……やっぱりココに置くんだな。」



 思わずそんな独り言を呟きつつ。俺も隣に自転車を止めて、改札口へ急いだ。電車に乗り遅れたら困る。


 

「……。」



 無事、いつもどおりの電車に乗り込んで、ほっと一息吐くと……。頭に浮かんだのは、高森の自転車。

 

 いや。別に、高森の自転車が何処に止められていようと、俺には何の問題もないわけで。他人の自転車が、そこにある。ただ、それだけの話なわけで。



 ……なのに。



 何故、気になってしまうのだろう?そんな不可解な感覚に首をひねりながら、俺は電車に揺られて職場に向かった。


 そして、ふと気づけば。


 月曜の朝の「仕事行きたくない」感覚は、そんな事を考えている間に、すっかり忘れていた。




   ◆◇◆◇




 その日の帰り道。



「こんばんは。」



 駐輪場には、またあの女の子がいた。

 高森 みやび。


 

「……また、自転車ドミノか?」


「いえ。大丈夫ですよ?」



 見れば……既に、高森の自転車は通路に引き出されている。他に自転車は1台も倒れていない。



「ちょうど同じ電車に乗ってたんですね。たぶん。」


「そっか……今どきの高校生は大変だな。こんな遅い時間まで。予備校でも通ってるのか?」


「いいえ?学校の自習室で、宿題を片付けてたんです。」


「自習室か……。あったような気もするけど、近寄ったこと無かったなぁ……。」


「便利ですよ?解らない所があれば、誰かに聞けますし。何なら職員室に行けば、先生も居ますし。」


「いや。俺は根本的に、1秒でも早く帰って遊びたかった。」


「あはは。まぁ、その気持ちもわかります。」



 思いのほか会話が弾む。


 こんなに話しやすい子だとは知らなかったな……。先週までの堅苦しい印象が崩れていく感覚。

 

 

 ……って。

 


 そもそも俺たちは、顔も名前も知らない間柄だったわけで。


 もっと言えば、彼女から見れば俺は、ただの “知らないおっさん” だったわけで。


 緊張も警戒も、全開だったんだろうな……。そりゃ、話しかけにくい雰囲気にもなろう。


 通報されなかっただけ、俺は彼女に感謝すべきかも知れない。



 ……。

 

 

 とはいえ、未成年の女の子が一人歩きするには、そろそろ心配な時間だ。さっさと帰らせないと。



「……ところで、そろそろ帰らないと不味くないか?」


「はい……。まぁ、そうですね。お引止めしちゃってすみません。」


「いや、それ俺のセリフだから。引き止めちゃって悪い。」


「いえいえ。」



 高森は、そこで一呼吸置くと。


 

「……ありがとうございました。おかげで少し、元気出ました。」


「……?」


「それじゃ、失礼します。」


「……あぁ。気をつけてな。」


「はい。」



 ペコリと会釈すると、高森は自転車を押して駐輪場を出て行った。



「元気、出た……?」



 去り際、高森は確かにそう言った。

 それは……どういう意味だ?



「……何か、嫌なことでもあったんだろうか?」



 既に本人が帰ってしまったので、その言葉の真意は判らない。


 それに、もし仮にまた話す機会があったとしても……俺の性格上、こっちから「あれ、どういう意味だったんだ?」なんて聞けるとも思えない。


 そこまで親しい間柄じゃないし。



 ……だけど。


 

「……。」


 

 喉に小骨が引っ掛かったような感じ。

 このままで、良いんだろうか……?





 ……そんな気分だけが、残った。




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