日光千代にこちよが起き上がってから既に小一時間経過しているが、まだ荒野に日光千代の二十センチの新鮮な足跡は、ひとつもついていない。

 が、そこに!!!!

 男が通りかかった。

「ああっ! よかったあ。ちょっと、そこのおじいさんや!」

 男は、そこそこのおじいさん。肌艶はだつやからして、日光千代とさほど年齢差はないように見える。が、日光千代と圧倒的に違ったのは、やけにである、という点。雨上がりの散歩の犬くらいに、早歩きである。

「おおあんたこんなとこで何しとるだあちなみにわしは疾明頭とめいとう与一よいちッ!」

 動的早口の与一よいちおじいさん。

 石像のようにただ佇んでいるだけの日光千代おばあちゃん(生きててえらい!)。

「タバコがなくて、力が出ないの!」

「はぁ? 何言っとるだ? さてはあんた今流行りの夢遊病者ウォーキング・デッドか? あ、あれ、面白えよな。わしゃ、昨晩シーズン10テン見終わったとこでなあ」

 与一おじいさんは、体のみならず、興味も若い。

「だーかーら、タゔぁコがないと、うおおきんぐできないぬ!」

 噛み合っているようで噛み合っていない、会話、と入れ歯。

「まぁなんでもええわい。とにかく、わしんちに来るといい。こんなとこで見捨てるわけにもいかねえ。そうだ、朝どれのナスとトマトがある。それ食って、元気出せ!」

「ナスぅ? トマトぉ? そんなものいらな————ちょっとまって。ぜひ、ぜひぜひ! くださいな! ナス! トマト! タバコおおおッ!」

「タバコはねえが……まぁ、来るといいさ」

 与一おじいさんは、ガチガチからだの日光千代を、鉄骨小梁てっこつこばり片肩かたかた担ぎ、現役バリバリ、最強ナンバーワン工夫こうふ、顔負けの馬鹿力。自宅へと向かった。

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