第1章 第2話『突然の来客』


8歳の誕生日の日を迎え、華和は時間の限り

遊び尽くした。


全てを遊び終えると疲れてしまい、

また今年もただ眠りにつこうと思った。   




その時だ。






「………っ!!」



突然玄関のベルがなり、一瞬全身が強ばったが、

華和は驚くよりも先に扉の前へ走り出していた。




廊下の途中で少し躓きそうになりながらも

寝室から真っ直ぐ全力で走った。


母だと直感的に思ったのだ。



ついに帰ってきてくれた!





何度も何度もなるベルに怪しむ余裕などもなく。

鍵がかかっている事も忘れ、ドアノブを捻った。



そのときだ、



「華和??そこにいるの??」


声を聞いただけでわかる。

私はこの時をずっとずっと待っていたのだ。

目に次から次へと涙が浮かび、流れていく。


懐かしい母の顔が見たくて、華和は無意識のうちにドアの穴から覗く。



「………えっ??」



真っ黒だった。


覗いたドアの穴は真っ黒になっており、

何も見えなくなっていた。


「華和、ごめんなさいね。 

はやくここを開けてくれないかしら。」


母が優しく声をかけ続けてくれている。


「……うん。」


少しの疑問が残りながらもそれよりも嬉しい

気持ちでいっぱいで、華和はドアの鍵をあけ、

生まれて初めてチェーンを外した。



その瞬間、待っていたかのように扉は勢いよく

引かれ、あまりの勢いに華和は思わず体を

仰け反らせた。




「人を確認せずに開けたらだめじゃないか?」

さっきの母の優しい声とは似ても似つかない

低く重々しい声が聞こえた。


そして、明らかに日本人では無い髭面に深緑色の

瞳の男が顔を覗かせた。



「だ…誰!?」


恐怖よりも驚きと状況が読み込めない華和は大きな声で男に叫びかけてしまった。


そして、背が高く体格の良いその男は華和の問いに答えることなく、どんどん進んで居間に入ろうと

歩みを進めた。

何が起こっているかわからず恐ろしい。

華和自身もなにがどうなっているの理解できない

うちに男はどんどん歩いていってしまう。


でも、なにも知らないこの男をリビングに入れたくない。

そう思った華和はドアノブに手をかけようとした男の前に素早く入り込んだ。


「あなたは誰!?」


もう一度だけ同じく問いかけた。


一瞬だけ驚いたように目を大きく開いたその男は

少し怪しげに口角を上げて、


「いい動きをするじゃねぇか。 

だが、そんなだとすぐにやられるんだからな。」


というと、軽々と華和を肩に持ち上げた。


「なっ!やられるってどういう意味!?」


突然抱きかかえられた華和は無力にも男の肩の

ところでバタバタと手足を動かしていた。


「大事な話はな、座ってするもんだ。 

椅子とかソファぐらいあんだろ。」


「なにするんだっ。」


運ばれる間中、ずっとバタバタ動いても男は

ビクともしなかった。

男はリビングに進み、華和を雑に下ろしたら、

勢いよくソファに腰掛けた。


「くっせぇな。ソファもホコリくせぇし。 

電気も通ってんのに、ミドリは掃除の仕方までは 

教えなかったのか。あいつもまだまだだな。」


男は鼻の前で手をあおぎ、顔をしかめながら

家の中をキョロキョロ見渡していた。


日本人の見た目では無いその男は似つかわしくないほど流暢に日本語を話していた。


華和は怯えながらも男に問いかけた。

ミドリとは母のことなのだろうか。


「ミドリ…?それはお母さんの…」


「おいおい、母親の名前も知らねぇのか。 

まぁ無理もねぇか。捨てられた時は5歳だもんな。」


「す…捨てた?お母さんは私を捨てたの??」


取り乱した様子で立ち上がった華和に男は、


「おい、落ち着けよ。メソメソすんなよ? 

捨てた側にも理由があんだろ。だから、 

こうして俺が来てんだ。じゃなきゃ、こんな色気の

ねえクソガキの子守りをするためにこんなくっせぇ

部屋になんか来ねえよ。」


と、クルクルとウェーブした栗色の頭を

くしゃくしゃとかきながらダルそうに話し出した。



「さっそくだが、お前さ、なんか得意なことあるか?」


「得意なこと…?」


突然の男からの問いかけに華和は目を丸くした。


「あぁ、特別になんかこう、できる事だ。」 


そんな突然と華和は戸惑いながらもよく

考えてみた。

考えれば考えるほど眉間にシワがより、眉毛に力が

入ってくる。




「………カップ麺のお湯を沸かす……とか?」


「…は?…っはははは。」


「なっ!なんで笑うの?!得意なことは…それ以外は

ない。」


大真面目な表情で真剣に答える華和を見ながら、

男は笑いながら目尻の涙を拭ったあと、


「まぁ、そのうち分かるだろうからな。多分…

大丈夫だ。なんとかなる。」


と少し困った素振りで気まずそうに言った。

怖く思っていた男が大笑いする様子を見て、華和も少し緊張が解けて来た。


肩に入っていた力が抜けて、


「…あの…さっき、確かにお母さんの声がしたの。   

なにか知ってる、おじさん?」


恐る恐る先程から疑問に思っていたことを男に

問いかけた。


「なっ、おれはお前のおじさんじゃねぇ。

そんな気持ち悪い呼び方はやめろ。

まぁ、リオネルってよぶんだな。」


「リオネル…。」


「いいか?もう二度とおじさんと呼ぶんじゃねぇぞ。

で、ちなみにあの声を出してたのは俺だ。」


そのリオネルという男は少し得意げな表情で

話した。


「え!? え、だってあなたの声は…」


「低いから有り得ないってか?

まぁ、これが俺の得意なこと…ってとこだな」


「っ…。」


華和は思考が追いつかずに言葉が出てこず

混乱したが、そのまま男は続けた。


「俺は色んな声を使い分けることが出来る。 

まぁ、1回聞かないと無理だが…。」


「どんな声でも??」


「もちろん。お前の母さんの声なんて朝飯前だ。  『完全に騙されたでしょ?』」


コロッと一瞬で母の声に変わったことに華和は

思わず頷いた。


一瞬自分の耳を疑ったが、確かに先程扉の前で

聞いた声だ。


「1回聞いたらすぐ真似ができる、  もうお前の声

もな。」


「…え!?」

「え!?」


「信じられないっ。」

「信じられないっ。」





男は華和が言う言葉をオウム返しして見せた。

声のトーンやちょっと震えでさえも再現して

見せたのだ。



「ほらな。すげえだろ?」


目を真ん丸くして驚く華和を見て男は少し得意気

だった。


「も、もしかして動物とかもできるの?」


華和は初めて感じる胸の高鳴りにわくわくした。

床に散乱した本をバタバタと避けながら、少し

色あせてきている大きな本を手にとった。



「見たことある動物はな。」


「じゃ、じゃあ!象って見たことある? 

鳴き真似出来たりする?」


華和は興奮し、お気に入りの動物の図鑑を

持ち上げ、象を指さして早口で男に問いかけた。


「象か?もちろんだ。」


そう言うと男は象がまるで目の前で水浴びでもしているかのような生き生きとした鳴き声を聞かせた。


あまりの大きな鳴き声に華和は思わず耳を塞ぎそうになったほどだ。

それと同時に全身に鳥肌がたち、これが感動だと

初めての感情を体験したのだった。



「すごい!!すごいよ!おじさん!!

じゃあ、これは?これは?」


華和が指を指した物をどんどん男は真似をして声を出していった。


オオカミの遠吠えに、猫の喉のなる音、

赤ちゃんの泣き真似までそっくりそのまま

やってのけたのだ。


華和はあまりのクオリティとこの状況に驚き、

思わず無邪気に飛び跳ねて拍手をしていた。






「こういう能力がお前にもあるはずだ。」




得意げで微笑んでいた男が急に真剣な顔になり、

華和の手を取って、また語り始めた。



「人間には生まれた時から特別な事を成すために 

神に認められた者と認められなかった者がいる。 

能力があるか、普通の人間かだ。 

その認められた者には少なからず特別な能力が 

備わり、その力は誰かの為に使わなければ 

ならないんだ。

自分の為だけに使うとそれは  代償となって、

自分に降りかかる。」


「特別な…能力…。代償…。」


8歳の華和には難しい言葉ばかりが並べられたが、

なにか大事なことを話しているようだ。


「あぁ、さっきの俺の声もそういうことだ。 

そして、俺らは神に認められた側の人間だ。 

ちゃんと言葉の意味わかってるか?」


「えっと、難しいけれど、俺らってことは…。」


「俺はもちろんだが、お前もその能力を持っている  はずだってことだ。」


「あ…あたしは何も。」


「能力は生まれた時から使えるやつもいれば、 

訓練していたら徐々に出来るやつもいるんだ。」


「訓練…。でも、象の真似ならあたしも 

出来そうだよ。」


華和はさっき聞いた鳴き声を男と同じく音量と

まではいかないもののやって見せた。


「おいおいおい、上手いじゃないか。 

俺が訓練した意味がなくなっちまう。 

勘弁してくれよ。」


困ったように笑う男を見て褒められた華和は

少し嬉しくなった。


男はハッとした様子でおもむろに胸ポケットから

古い時計をだし、


「そろそろ時間か…。こんなくせぇところにいても  良いことは無いしな。」

と言って、立ち上がった。


華和はそれを見て怖くなり、とっさに大きな声で

男に問いかけた。


「どこか行っちゃうの!?」


少し焦った様子で共に立ち上がった華和を見て男は落ち着いた声色で言った。


「お前も一緒に行くんだよ。 

一緒に連れてくるように頼まれたんだ、ある人に 

な。 

だから、このカバンにどうしても持っていきたい 

ものだけ入れてこい。」


男は華和でも簡単に持てるほどの赤い小さなカバンをポケットから取り出すと、華和に向かって投げた。



そのカバンにはよく分からない文字と白い花の模様がついていた。


状況が分からずポカンとする華和に男は


「はやくしねぇとこのクセェ部屋にまた 

ひとりぼっちだぞ。いいのか??」


と笑って言った。


「…ひ、ひとりはいや!」


「なら、早くすることだな。俺が気が短いんだ。 

気が変わって置いていくかもしれないぞ。」


「わかった!わかったから!!」


華和は部屋を見渡し、母がくれた16色のクレヨンをたった1つ入れて、玄関で待つ男の所へ急いだ。

クレヨンさえ持てば母に会えるような気がした。



あまりにもはやく玄関にやってきた華和に男は、


「早すぎだろ。忘れ物があっても戻れないぞ? 

服とか色々いいのか?」


と、再確認した。


「だって、こんな小さなカバンには入らないもの。」


華和は赤いカバンを男の前に突き出し、既に

クレヨンで歪な形になっている所を指さした。


「まぁ、それもそうか?ほら、いくぞ。」


男は華和に自分の着ていた上着をかけ、


「外は雨だ。それにその服だと目立つからな、 

腕を袖に通して着ておけ。」



そう言うと玄関の扉を開けた。

扉が開いた先に見えた景色は華和がいつもみていた 窓の景色とは違い、空には色があり、雨の匂いが

して、そして、鳥の声がきこえた。




「…わぁ…。」




思わず息をのみ、立ち止まった華和に男は

笑いながら、素早く手を引いた。



「感動してる場合じゃねぇよ。  電車に乗せる前に

やることが沢山あるんだ。  時間がない。」


「電車?え!?電車に乗れるの!?どこで!?」


「だから、いちいち説明してる暇はねぇ。 

とりあえず付いて来い。」



家を出て、階段を降りると黒い車が1台

停まっていた。



「もしかして、こいつに乗るのも初めてか?」


「く、車は知ってる。絵本にあった。」


「ははっ、絵本のより何倍も大きいだろ。」


華和はうなずき、男が開いた扉の先にあるソファらしき所に腰を下ろした。


そして、そのままいると、


「おい、さっさと足を引っ込めろ。じゃないと  足がもげるぞ。」


男はククッと笑いながら言った。

何も分からず外を向いて座っていた華和は慌てて足を引っ込めた。


そしたら目の前にバタンッと扉が迫ってきた。




「わぁっ!!!」


逆側の扉から入ってきた男は、同じくソファに

座り、


「おい、いつまでそっち向いてんだ。 

下に足を下ろして、こっち向くんだよ。 

して、紐を引っ張ってここに入れろ。」


と、少しイラつきぎみで赤いボタンの場所を

指さして言った。

華和は慌てて言われた通りにやろうとするが、なかなか紐が入らない。


「おいおい、先が思いやられるな。」


男は軽くため息をつきながら、華和のシートベルトを差し込んだ。


「よし、いくぞ。これでここからはおさらばだ。 

さようならはいわないでいいな?」


男は華和の返事を待たないうちに、勢いよく

エンジンを吹かせて車を発進した。



「あぁぁぁぁぁっ!!!」



前のめりに浅く座っていた華和は、あまりの勢いに後ろに吹き飛んだ。




「ははは!楽しいだろ!?どうだ?」



「うん!楽しい!!これ、すごいよ!」


悲しむ暇もなく、あっという間に家は遠くなり

どんどん過ぎていく街の景色に華和は釘付けに

なった。


車も街の中を右に左にと曲がりしばらく走った

あと、白いコンクリートで出来た綺麗な建物に

着いた。



周りの高い建物と比べてもあまりに白いので少し

不気味に感じる程だ。


「降りろ、いろいろ準備しないと行けないからな」


「準備??」


男の後ろについて大きなガラス扉を通り、建物の

中に入っていくと、ふわりと花のようないい匂いがした。


そのまま続いて、2階に階段で上り、サロンの中に

入って行くと、



「いらっしゃいませ。

あら、お久しぶりで  ございますね。」



と柔らかな女性の声が聞こえてきた。

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【長編小説】秘すれば花① Ruca Davis【小説家】 @ruca_davis_hana0214

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