令和を震撼させた呪われし5年A組は、昭和からやり直す!

おれごん未来

第1話 春はタイムリープ

「さあて、逝くか」


 朝の9時。ついにときが来たらしい。

 足掻かない。重い金属の扉を出て、指示に従い黙って歩く。

 長く接してくれた刑務官の表情が痛々しい。もっと反抗でもしておけばよかったか。そうすれば、オレのようなクズに心をいためず済んだ。

 最後と与えられた1時間をぼんやりと過ごし。

 何をするでなく。

 これが希望なのだからこれでいい。

 したいことはないし、とくに後悔することもない。思い出せることもない。思い出せやしない。

 そうなんだ、空っぽだった。オレの人生ってやつは空っぽだった。

 いよいよとなり。

 顔を布で覆われ一切が見えなくなった。もう今生で布の内側以外にものが見えることはない。だからもういい、目は閉じる。

 刑務官の補助のもと少し歩かされて。

 13階段とか言われていたのがそうとう昔だっていうのは本当なんだな。ただ平らな床を歩く。

 肌越しの緊張感が伝わる。その場にきた。

 静かな物音、おそらくは丁重な、規則どおりの所作。頑丈なロープなのだろう、首に輪っかをかけられた。


「じゃあな……」

「おい!」


 刑務官が他の刑務官にたしなめられた。別れのことばをかけたのが異例だったのだろう、悪いことをしたな。

 こんなときでも迷惑をかけるんだオレは。でもまあ、これが本当の最後。応えなかった、これでいい。

 ストンと落ちれば縄が絞まる。


(ああ……!)


 脳に流れる血流の影響か、忘れたはずの古い記憶が次々と。

 あのときの悲しみ。あのときの後悔。

 これはどうやら走馬灯、なぜか現在からはじまって、徐々に時をさかのぼる。

 令和に希望なんかなく。

 平成は最初から最後まで30年間ずっと、日の昇らない、暗澹たる。


(昭和は……!?)


 昭和にさしかかると背景は赤くなって。

 セピア色にしては色味が強い。昭和を象徴するのは紅色、なぜか紅く血塗られている。

 だけど、その向こうには。

 広がったのは一面の青。みずみずしい、昭和が永遠につづくようにも思えた時代。ニッポンがまだ、元気だったころ。

 オレらはまだ小学生だった。一人ひとり、みんなが主役。いわば黄金の季節。昭和がゆるゆるたそがれてゆく、金色の時間。


 わだちが延々つづく未舗装の道路。

 駄菓子屋には百円玉をにぎって。

 かみつきばあちゃん消しゴム。

 遠足のおやつは三百円まで。

 白線の上だけ歩く帰り道。

 電灯のひもボクシング。

 めちゃ多機能な筆箱。 

 コスモスの自販機。

 ジュエルリング。

 ビックリマン。

 ファミコン。

 ミニ四駆。

 赤チン。

 団地。


 そこにはみんながいた。半そで半ズボンで、ヒザなんかいつも擦りむいていたみんながいた。


 ノブ。

 ハナゲ。

 カバけん。

 デンちゃん。

 猫背のネム氏。

 釣りバカ愛モン。

 ヨッキャマダンマ。

 演歌大好きコンコン。 

 指が逆に曲がる古ソン。

 NASA大好き嶋キャン。

 アゴがしゃくれたマーコン。

 棒みたいな糸目のチュッチュ。

 フィリピンの帰国子女柿モティ。

 放火して大問題になったモトしん。

 おっさんみたいなデコしたすっさん。


 ああ…………!


 光が爆ぜたら暗くなる。

 走馬灯もここまでか、命もどうやら……。


 だれかに呼ばれたかな?

 気のせいか。

 われらがみちのく市立みちのく北小学校はやがて、中学へ進級する際に学区が真っ二つ、半数となり。

 高校では、全学年でやっとひとクラスぶん。

 大学には、ええっと。

 自分ともうひとりだけ。たしか別の学部に。

 就職は……?

 職場では、どうだったんだっけ? 思い出せない?

 とにかく、みんながバラバラになった。小学校の卒業式が最後だったやつもたくさんいる。

 もう息をするのもしんどいや。

 なあ加トちゃん。オレたちさ、宿題も歯みがきもちゃんとしてたんよ。なのにどうしてこうなっちまったんだろうな。

 ……あのころと同じに、ずっと笑って暮らしていられると思ったのにな————

 おや?

 噂をすればなんとやらじゃないか。

 やあ。

 久しぶりだなあ。

 すっかり歳とっちまって。

 おまえら元気だったか?

 腹が出てるって? おまえだってそうじゃねえか。

 おい、あそこの美人はだれだ? 変わりすぎててわかんねえ……。

 おまえあんなにチビだったのに! めちゃめちゃでかくなったなあ!

 ふふふ……。

 なあ。

 オレのことも呼んでくれ。名前を呼んでほしい。あのころのままの、あだ名でたのむ。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 ビクンと身体が反射して、大きな音を立てた。

 想像した地獄でも虚無でもなく、なんと授業中だった?

 どうも居眠りしていたらしい、ほおを机からベリベリはがす。

 じゃあ、あの死刑執行は夢だったとでもいうのか? すさまじいまでの現実味だったが。

 痛覚は不幸中のさいわい?

 なかっ?

 たの?

 だけれど??

 周囲から注目されている。ビクンとしたとき机とイスで大きな音を鳴らしたから。


(いやいやいやいや! 授業ってなんだ!? おっさんが授業中ってありえんよ!)


 周りは小学生だと!? そこに死刑囚である自分も収まっている、どういう状況!?

 とにかく怪しまれては。なんでもいい、しゃべれ!


「ええ〜っと。あは。あははー」


 なんだこの声!? 高っ!

 まるっきり女みたいな声がでたぞ??


「なに言ってんだおまえ? もしかして寝てたんか?」

「せんせー! 早川が寝てましたー!」


 入れ子構造の夢なのか? 死刑の夢から唐突に、小学校の夢へ置きかわりやがった?

 !?

 あれは……?

 教壇に立つ、懐かしいあの後ろ姿は?


(佃? 恵子先生??)


 かつて成人してすぐ、一度きり開かれた同窓会。それに行った嶋キャンから聞いた、佃煮警部は太っていたと。

 甘いもん好きだったもんなぁ、あれからずっと体重を増やしていったのだ。

 そのはずが見る影ない、いや、逆に見る影はある。スラリとひざ丈タイトスカートのあのころのまま。そりゃあ夢だから当然なのか、あのころの肖像。

 よく見たら周りだって。

 左隣はチュッチュ。右はタコ倉。優等生のブッチ、山ゴンにハナゲ。あのころのクラスメイトに囲まれて。

 ふふっ。

 こんな席順だっけ? なんだか妙に笑える。

 そっか。

 夢だと気づいてしまったが、このまま授業を受けちまおう。みんなの顔をチラ見するだけでも楽しい。

 佃煮警部からは軽くたしなめられただけで授業はすすむ。そうそう、もう高学年なのに保母さんスタイル。

 佃学級は5年のとき。5年A組。

 なぜ組まで覚えているかは、6年間ずっとA組だったからだ。せめて3年生だけはB組が良かったのだけれど、結局3年生時もA組だった。

 いまは社会科、日本史の時間か。まだ縄文時代をやってんだから。


(春だなぁ……)

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