5話 模擬戦 ―交差する想いと決意― 神谷&波多野視点
模擬戦開始の合図が鳴る少し前、神谷翔太と波多野守は南ルートの出発口にいた。
「……この直前の時間なんか落ち着かないんだよな」
ヘルメットのストラップをいじりながら神谷がぽつりと呟いた。
「静かすぎて逆に不安ってやつだ」
波多野はその言葉に淡々とした口調で応じた。
「落ち着かないのは分かる。でも今さら気を張ったって仕方ない」
「お前さ、緊張とかしないの? もう慣れた?」
「慣れたってわけじゃない。ただ想定の範囲内で動いてるだけだ」
神谷は苦笑した。
「理屈の男め。……なあ、今日終わったら緑茶でも飲もうぜ」
「お前は紅茶派じゃなかったか」
「たまには違うもんもいいかなって。ほら、気分転換」
「意外と美味しかったしな」
そんな他愛ないやりとりが続く。
だが、神谷の視線は遠く、戦場の先を見据えていた。
「それはそれとして、お前がたまに出してくる緑茶、妙に苦いんだよな。わざと?」
「どうだろうな」
波多野が微かに口角を上げた。
そのやりとりの奥には、長い付き合いで育まれた信頼があった。言葉数は少なくとも、互いに託すものは多い。余計な確認すらいらない。それがこの二人のスタイルだった。
やがて起動音が乾いた空気を震わせる。
模擬戦、開始。
足元の土が湿り、木々が鬱蒼と茂る南ルート。空気はわずかに冷たく、湿気を含んで肌にまとわりつくようだった。
二人は身をかがめ、静かに林の中へと踏み入れていった。
「風がないな。音も通りにくい。……嫌な感じだ」
「雑木林だし、視界も悪い。慎重に行こう」
波多野がレーダーを確認しながら先を読むように進む。
神谷はやや後方を歩きながら左右に視線を走らせていた。その顔に浮かぶのは真剣な眼差し。
「……俺さ、こういう雰囲気けっこう好きかもしれない」
「そうか?」
「訓練ってよりなんかサバイバルしてる感じがして。ゲームとかに出てきそうだよな、こういうステージ」
「ゲームじゃないんだから集中しろよ」
「分かってるって」
森の中は静かだった。葉擦れの音さえ遠ざかり、時折、鳥の声が聞こえるのみ。自然の中に溶け込むように二人は足音を最小限に抑えて進んだ。
しばらくして波多野が低く声を上げた。
「前方、距離四十。センサーに反応あり。訓練機だ」
「来たな……一体目、華麗に決めようぜ」
二人は呼吸を合わせ、林の中を縫うようにして前進する。
波多野が木陰から射線を確保。EMP弾を装填し、静かに呼吸を整える。
その背後で神谷がスラスターを確認。出力を一段階上げ、突撃のタイミングを計っていた。
「狙う。3、2、1……」
青白い閃光が林の中に走った。EMPが訓練機のセンサーを攪乱する。ほんの一瞬だが、その一瞬が勝負を決める。
「行くぞっ!」
神谷が地を蹴り、林を滑るように前進する。
機体の左側に回り込むと背中を狙って跳躍。ナイフを逆手に構え、首元の接合部に一閃──火花が散り、訓練機がその場に崩れ落ちる。
「撃破確認。神谷&波多野チーム、1点目」
波多野が冷静に報告する。
「ふぅ……いい感じじゃない?」
「手順通り、悪くない。次に行こう」
森を抜けるように二人は再び移動を開始した。林を出ると道はなだらかな細道に変わっていた。丘陵地帯に入りつつある。
ここがステージの中心付近。訓練区域の交差点だ。
「この先が……中心か」
「霧が深くなってきた。周囲の視界が悪い」
神谷は視線を上に向けて言う。
「なんか風も止まってきてないか?」
「……妙だな。センサーも変則的な波を拾ってる」
その瞬間だった。
瓦礫と折れた枝が散らばる開けた場所。霧の中から赤いセンサーがぼんやりと浮かび上がる。
「前方、接近反応──一体、いや、違う……」
姿を現したそれは、明らかに通常の訓練機ではなかった。
異様に硬質なフォルム。赤いセンサーが不気味に点滅している。
しかし、その動きは機械的というより──人間のように間合いを図っていた。
「まじかよ……なんか、こいつ……」
「さっきの個体とは……違う」
二人はすぐに間合いを取った。神谷がナイフを構え直し、波多野が再びEMP弾を装填する。
「距離を保て、守。今は深入りするな」
「了解。……退路も確認しておけ」
異常個体はすぐに攻撃してくるわけでもなく、何かを観察するようにじりじりと距離を詰めてきた。
その異様な敵を前に、彼らの緊張は次第に高まっていった。
まだこの時点では──真に異常な事態が始まることを、彼らは知らなかった。
(第6話へ続く)
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