4話:模擬戦 ―交差する想いと決意―
第01訓練基地の空は朝から重く曇っていた。分厚い雲の切れ目からわずかに日差しが漏れては地表の湿気に飲まれる。空気はじっとりと重く、訓練場の空気もまたいつも以上に張り詰めていた。
その日、候補生たちに下された通達は一文だった。
――本日午後、候補生による模擬戦を実施する。参加チームは三組。各チームはスーツ装着の上、訓練用模擬機械兵とのポイント戦を行う。
この一ヶ月、将人たち候補生にとって訓練とは過酷な日常だった。
基礎体力向上のための肉体訓練。スーツとの神経接続を維持するための集中訓練。機械兵との模擬戦による実戦想定訓練。全てが人間の限界を試すものであり候補生たちの中には脱落する者も少なくなかった。
だが、今ここに立っている者たちは皆それを乗り越えた者たちだ。中でも神経同期率が七〇%を超えた者は六名。
神谷翔太、波多野守、北条隼人、柚月まどか、佐倉澪──そして石田将人。
今日の模擬戦はその六名を中心に編成された三チームによって行われる。
ブリーフィングルームでは候補生たちがそれぞれスーツに身を包み、モニターに映し出された地形図と作戦概要に目を走らせていた。
島教官が前方に立ちいつも通り淡々とした口調で説明を始める。
「訓練区域内には模擬機械兵が四体配置されている。目標は二点先取──より多くのポイントを獲得したチームが勝利とする」
訓練用とはいえ機械兵は実戦に限りなく近い挙動をするよう設定されている。
戦術、連携、冷静な判断。それらすべてが問われる試験だった。
「今回は特殊な形式を採る。三チーム同時にスタートし、別々のルートから目標地点を目指すことになる」
島の視線が各チームに向けられる。
将人と澪のペア。
北条と柚月のペア。
神谷と波多野のペア。
すでに各ペアにはこの一ヶ月である程度の連携が形成されていた。教官たちの判断のもと最も相性の良い組み合わせとされる編成が組まれている。
澪が地図に目を通しながら静かに呟く。
「こっちは西側ルート……丘陵地帯ね。霧が濃いから視界が悪そう」
「俺たちは接近戦メインだから、敵を見つけやすいように立ち回らないとな」
将人がスーツの調整を確認しながら応じた。
一方で東ルートに配された北条と柚月は岩場と砂地が入り混じるエリアに挑む。
「北条くん、砂で足取られるかもしれない。無理な突撃は避けて」
「分かってるさ。俺が先行して柚月は後方から支援。いつも通りの流れでいこう」
柚月は携帯端末にドローン制御画面を呼び出しながら頷いた。
そして、南ルート。
雑木林の中を進むルートを任された神谷と波多野。
「やっぱいいな、この緊張感。心が躍るぜ」
神谷が軽口を叩くと波多野はちらりと横目で見るだけだった。
「真面目にやれ。訓練の時みたいに突っ込みすぎるなよ」
「わーってるって。今回はちゃんと合わせる。信じてくれよ、相棒」
そのやり取りを見ていた将人は、ふと小さく笑った。
「なんだかんだで、あの二人は一番息が合ってるかもな」
澪もまた同意するように頷く。
「互いに欠けた部分を補い合ってる。神谷が感覚、波多野が理性。見事なバランスよ」
島教官が最後に一言付け加える。
「模擬戦は訓練であると同時に、今後の部隊運用における指標でもある。各自、実戦と同様の意識をもって臨め」
島の視線がひときわ強く将人を捉える。
「お前たちにとってこれは“最初の戦場”だ。甘えも容赦も存在しないと思え」
緊張と共に重責が全身を包む。
将人は深く息を吸い、澪と視線を交わす。
「行こう。やれるだけのことはやる」
「ええ。共にね」
各チームがそれぞれの出発口へと向かっていく。
すれ違いざま神谷が小さく手を振った。
「それじゃ、みんな──いい夢見ようぜ」
それが模擬戦開始前の最後の冗談だった。
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