『フフフ……。照れたわね、ウィル。さっきドキッとしたわね?』

『勝手に言ってろ自意識過剰女』


 ……誰か。

 うちの弟のオクテ&ツンデレをなんとかしてくれ。



…+ Wednesday 友達以上恋人未満脱出大作戦 +…



 ―――火曜日、山岸宅。


 ドダダダダ……

 バン!


「うをい修ー!!」


 力いっぱい部屋に乗り込むとベッドで雑誌を読んでいたこの部屋の主は冷たい視線で俺を出迎えた。


「……何。兄貴」

「てんめぇ……今日のあれは何だ!!」

「……給食? 親子丼。」

「違う! 放送だ、ほ・う・そ・う! どーしてあそこまで言われて先に行けない!」


 ふう、とため息をつく修。


 うちの弟、修は校内人気の放送委員、ウィリアムだ(これは他人に言ってはいけないのだが)。

 中学に入り放送を始め、エリーこと吉金華弥と過ごして一年一ヶ月。何にも関心を持たなかったこいつが明るくなっていったのは明らかに吉金のおかげだ。

 修も吉金に特別な感情を抱いている。なのに。


「『気持ち悪い』なんて言って、嫌われたらどーすんだよ!」

「……うるせー。全校の前で何言わせるつもりだよ」

「マイクのスイッチ切れ!」

「和希もいるっつの!」

「大丈夫だ! 埜村は気が利くから見て見ぬフリをしてくれるさ!」

「なんであいつに気を気を遣わせなきゃいけねぇんだよっ! 何も大丈夫じゃないわアホっ!」

「とにかく!」


 ビシィ!と指を突き出す。


「明日は一度でもいいから吉金を焦らせてみろ。ちょうど今日の放送の逆になるようにな」




 ―――そして水曜日…。

 一方的にミッションを叩きつけた俺はあの後、返事は聞いてやらずに修の部屋を飛び出している。


『お昼の放送ですっ! みんな元気?』

『……』


 はじまったはじまった。さて、期待しているぞ弟よ。

 自分の席で船をこぎながら牛乳を飲み干す。


『今日の特集はmusic! リクエスト&人気曲をバンバン流すからみんな一緒に歌ってね!』

『……いや、歌わねえし』

『ウィル、ツッコミは大きな声ではきはきと!』

『は? ……』


 意識してる。

 意識してるけど……喋れねえとイミねぇだろバカ!


 ガタン、と立ち上がると班長が俺をたしなめる。「山岸、座りなさいよ」「うるせえ! 俺はこれから過去の栄華で旅に出るんだ!」「何言ってんのあんた? あっ、ちょっと! 山岸!」

 俺は教室を飛び出した。

 この学校の放送は、一般にいう“放送委員会”がやっているわけではない。一年生の後期に内密に選ばれた三人が、二年の終わりまでその役を務める。

 ある一年生にカメラを向ければ、後期に選出されてから一月から現役と放送を始め、二年に上がった四月からは先輩が辞めていくので同学年の三人だけになる。

 俺がそんな情報を知っているのは、もちろん関係者だったからだ。つまりは俺も放送に携わっていたということ。

 だから今、あいつらの放送に乗り込んでいくことだってできる。

 その権利がある!


 バンッ!


「おいウィル!」

「っあぁ!?」


 力いっぱい放送室に乗り込むと、突然のことに修はありえねぇって顔してやがる。吉金は嬉しそうに「あ、コハク先輩!」と声を上げ、その横の埜村は「お久しぶりです」と丁寧に頭を下げた。

 ちなみに言うまでもなくオンエア中である。声はだだもれだが、まあいい。


「……何しに来たんだよ、お前」

「先輩にお前はねぇよな、ウィル」


「そうだよウィル、そうでなくてもお兄さんじゃん」「いけませんよ、年上をみくだすのは」と口々に言う可愛い後輩たち。さすが、俺が見込んだだけのことはある(選抜は顧問によるものだが)。

 しかし修は「そんなことはどうでもいい」と一蹴する。「アンタ引退しただろ」修だけにってやつか。


「俺にはここで喋る権利がある!」

「黙れフリーダム。とっとと帰れ」

「誰のために来たと思ってるんだよ! お前がツンツンツンツンツンツンツンツンしてるから助け舟を……」

「はあ〜……いらねえよ……」


 間違いなく幸せが逃げていくでかいため息だ。兄としても先輩としても、このままにはしておけない。お前そんなことでいいと思っているのかと追撃しようとしたそのとき、再び扉が音を立てた。


「「ハク!!」」


 二重音声。この声は……


「チヒロ、セン……」


 俺と同じ前メンバーで瓜二つな双子女子、本名水波みなみシンリン。くそ、悟られたか!

 しっかり者のこの二人は怒涛の勢いで「あなた何考えてるの!?」「そうよ、この子達の大事なお仕事中に!」と責め立て、言い返す間もなく「「帰るわよ!」」と声を揃えたかと思うと俺の制服の肩らへんを同時に掴み、「うわっ、離せばか!」

 そのままずるずると引きずっていくのだった。



…+…



 放送室。和希は日直だからと終わるなり出ていってしまい、修と華弥は二人きりだった。


「もう十月になるねぇ」


 唐突に切り出した華弥の言葉に、修は耳をかたむける。「ああ」


「次の放送メンバーどんなになるだろうねー」


 早く来ないかなあ、と笑う華弥。この素直な笑顔からはあの外キャラは想像できない。

「……俺は嫌だ」「? なんで?」別に、自分の兄に言われて、言うわけじゃない。一回くらい言ってみたかったんだ。

 そう自分を納得させ、相棒の顔を直視する。「お前と二人でこうやって話す機会、少なくなるじゃん」

 固まる華弥。沈黙が二人を包む。


「……えっ……えっ? いや、その……それって……」

「本当のお前と会えんの、放送のときだけなのに」

「ちょ……っ、しゅ、修?」


 必要以上に近づくと華弥は驚いて立ち上がる。その拍子にパイプ椅子が倒れ、それに引っかかり、ひっくりかえった。


「っ……ははははっ……!」


 後ろを向いて腹を抱えて笑う修に「え……? え? え?」と疑問符を浮かべる。「『え?』しか言えないのかよ……」修がそうつっこんでやってから「ホンキにした?」と振り返れば、少しの間がある。


「……えぇー!? ドッキリ?」


 ひどーい!と抗議する華弥の顔は赤く染まっていて、修はまた笑った。


「は〜……。久しぶりにこんな笑ったし」

「久しぶりにそんな笑われたし!」

「ウソだろ。毎日スピーカーの向こうで笑われてるって」


 言いながら給食のトレーを持ち上げ、彼は放送室を後にする。「じゃあな自意識過剰女。……サンキュ」

 パタン、とドアが閉まると、言いたいことがうまく出てこなかった華弥がようやく我に帰った。


「っ、ウィルのバカー!!」


 その日、校内にエリーの叫びが響いたとか響かなかったとか。

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