エンジン始動!

『アーアー。ただいまマイクのテスト中、っと。お兄ちゃん、お姉ちゃん、聞こえる?』


 急に声が入った。

 シロハの声だ。ストームが機体の内部電源を入れたらしい。


「はーい、聞こえるよシロハちゃん!」


 手を振りながら元気よく答えるストーム。

 外を見ると、通信用のマスクとヘッドセットを付けたシロハが立っている。

 ヘッドセットから伸びているコードは機体へ繋がっており、インカム形式でパイロットと会話する事ができるのだ。


「こっちも聞こえるよ、シロハ」

『OK! さ、準備できたらエンジンスタートして!』

「はーい!」


 元気よく返事したストームは、左手で隣の機体にいるサハラへ合図を送る。

 それから、スイッチを入れた。


「それじゃ、JFS始動!」


 狭いコックピットに、駆動音が鳴り始める。

 だがこれは、ジェットエンジンの音ではない。ジェットエンジンを始動するための、JFSという装置の音だ。

 これは、ジェットエンジンの始動に必要な空気を送る役目を担っている。

 自動車のエンジンをかけるのに必要なバッテリーと同じように、ジェットエンジンの始動には欠かせないのである。


「──」


 ツルギはじっと、計器盤右側のタコメーターを注視する。

 0を差していた針が、少しずつ動き始めた。

 20まで増えたところで、


「エンジン始動!」


 ストームが右スロットルを少しだけ押し込む。

 タコメーターの数字がさらに増えるのに合わせて、JFSの駆動音に、甲高いタービンの金属音が混じり始める。

 そして60に達したところで、JFSが完全に停止。

 機体各部のライトも点滅を始めた。

 F404-GE-102エンジンが、完全に立ち上がった証だ。


「燃料、油圧、ノズル、回転数、温度、異常なし! 快調だね! それじゃ、キャノピー閉めるよ!」


 ストームの操作で、上向きに開いていたキャノピーが自動でゆっくりと閉じる。

 閉じた時には、がちゃんこ、とストームがつぶやいた。

 これで出発できるかと言うと、そうではない。まだまだ設定やチェックしなければならないものがたくさんあるのだ。


『Pull up! Altitude! Warning! Jammer!』


 警告装置をテストし、警告ランプが全部点いたのを確認。

 次に、機体のシステムに電源を入れ始める。

 計器盤の3つのディスプレイや、正面のヘッドアップディスプレイに電源が入り、コックピットが少し明るくなる。

 次に、飛行制御システムをチェック。

 ストームがスイッチを操作すると、水平尾翼根元にあるスピードブレーキと、舵の全て──具体的にはエルロンとラダー、そして水平尾翼そのものが、ぱたぱたと独りでに動き始めた。

 機体のコンピューターが、自動で動かしてチェックしているのだ。

 これは、操縦にコンピューター補正をかけている証拠。コンピューターにデジタル制御で補助してもらう事で、高性能機でも安全に、楽に操縦できるのだ。

 その様子は、機体の周囲にいる2人の整備士がしっかりと見守っている。

 機体の真正面に立つシロハも、その1人だ。

 機体に繋いだインカムで、コックピットへ呼びかけてくる。


『調子よさそうだね! じゃ、手動チェック行くよ!』

「はーい!」


 彼女のハンドシグナルに合わせ、ストームが右手で握る操縦桿を操作。

 舵がリズムよく動く。

 終了後、シロハがサムズアップした。OKのサインだ。

 その後も、シロハは他の整備士共々大忙し。

 ストームとツルギがコックピットで設定を続ける間、機体の各部をぐるりと回って確認し、異常がないか再確認。

 こうして10分ほどかけ、2機のT-50は全ての準備を整えた。


『こちらレインボー1。2番機、聞こえるかー?』

「感度良好だよ!」


 フェイの呼びかけに、ストームが元気よく答える。

 サハラ・フェイ機に目を向けると、2人のパイロットがこちらを見ていたのが見えた。

 赤いヘルメットの後席がフェイ、黄色のヘルメットの前席がサハラだ。


『旦那さんの方はどーや?』

「あ、ああ、右に同じく!」


 不意に話を振られて驚きながらも、ツルギは答えた。


『確認しとくが、ウチらが1番機や。お2人さん、ウチらにしっかりついて来るんやで』

「それは、わかってる」


 ツルギの返答に、不満はない。

 この第1122飛行班では、サハラ・フェイ機が1番機──つまりリーダー機だ。

 なぜそうなったのかは不明だが、オフィーリア教官がそう指示したのだから、従うのみだ。


『そんで、これだけは言わせてくれ』


 だが、そう言われて、少し動揺した。

 何か、従うにあたっての条件でも突き付けてくるのかと思ったのだ。


『ヨーカンあんがとな。みんな喜んどった』


 が、急に羊羹の話を持ち出されて、拍子抜けしてしまった。

 見れば、サハラ・フェイ機の前に立つアリシアも、こちらへ手を振っている。通信用のマスクとヘッドセットを被った彼女の素顔は遠くからでは見えないが、笑顔なのはすぐに想像がついた。


「フェイ、今その話は──」

『わーっとる。以上や。で、チェックは全部終わったな?』

「もちろん!」

『よし。ほんじゃ、管制塔タワーに許可をもらうからな!』


 フェイが代表して、管制塔へ連絡する。

 その声は、普段と違って冷静だった。


『レインボー1より管制塔タワーへ。レインボーチーム、出発準備完了。移動許可願います』

『レインボー。えーと、滑走路07へ移動し待機してください』


 聞こえてきた管制官の声は、女声だった。

 その喋り方には、まだ慣れていない様子がうかがえる。


『レインボー、滑走路07へ移動し待機する。ほな、許可が出たで!』

「シロハ、車輪止めを外して」

『了解!』


 ツルギが呼びかけると、シロハがもう1人の整備士達に合図を送る。

 すると、腹に回り込んだもう1人の整備士が、車輪につけられていた車輪止めを外す。

 これで、機体は自由に動けるようになった。


『じゃ、コード外すからね! お兄ちゃん、お姉ちゃん、思いっきり飛んでおいで!』

「ありがとー、シロハ! 行ってきまーす!」

「行ってきます」


 ストームのサムズアップを見た後、シロハは機体と繋がる通信用コードを外した。

 そして簡易シェルターの外に出て十分離れ、左斜め前に立った時、サハラ・フェイ機がアリシアのハンドシグナルにより動き出して右折したのが見えた。

 そのまま前を通り過ぎた直後、シロハがハンドシグナルを送る。

 進め、の合図だ。

 ストームがスロットルレバーを僅かに押す。

 するとエンジンの回転数が上がり、黒鉄色のノズルがすぼむ。

 こうして機体は推進力を得て、ゆっくりと進み始めた。

 簡易シェルターを出て、ツートングレーの機体が常夏の日差しに晒される。

 シロハのハンドシグナルに従って、右折。

 機体がその横を通り過ぎようとした時、敬礼を交わす3人。

 そしてシロハは、軽くジャンプして左翼の端にあるランチャーにハイタッチ。


「いってらっしゃーい! うわったたた!」


 その後、手を振ってストーム・ツルギ機を見送ろうとしたが、自分に向けられたエンジンノズルから吹き出す熱い排気を浴びると、慌てて背中を向けて屈み込んだ。

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新婚戦闘機隊レインボーローズ!─スルーズ諸島空軍航空学園 第1122飛行班─ 冬和 @flicker

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