サハラに手ぇ出すなよ?
「さて、クイズはこのくらいにして、みんなでお兄ちゃんの羊羹食べようよ」
「そうだね! ツルギ、ヨーカンヨーカン!」
「急かさなくても大丈夫だって」
ストームに促され、ツルギは懐からあるものを取り出した。
昨日作った、スティック羊羹だ。
それを、1本ずつストームとシロハに配る。
これを作ったのは、他でもないこの時のため。
羊羹は、古くから兵士の保存食として食べられていたお菓子であり、パイロットも機内に持ち込んでいたのだ。
「うーん! やっぱりツルギのヨーカン、おいしーい!」
早速一口食べて、ほっぺたが落ちるという言葉がぴったりなほど、ご満悦なストーム。
「うん! うまく作れてよかったね、お兄ちゃん!」
「ああ、ほんとよかった」
続けて食べて味を確かめたシロハに、ツルギは頷く。
その間も、ストームはどんどん羊羹を食べ続ける。
もっとゆっくり食べた方がいいとも思うツルギだが、無我夢中になるほどおいしそうに食べるストームの顔を見ていると、自分の分を食べる事を忘れてしまうほど嬉しくなってしまう。
「よーし! これで気合は充分っ! 点検始めるぞーっ!」
あっという間に食べ終えたストームは、意気揚々とT-50の点検に向かった。
「お兄ちゃん、今の内にフェイさん達にも配ってきたら?」
「そうだね、じゃあ行ってくる」
ツルギは車いすを動かして、隣の機体の下へ向かう。
やはり、点検を始めている最中のようだ。
「……」
サハラは、T-50の機首に向き直り、ストームと同じように機体のチェックを始める──かと思いきや、不意に目を閉じ、腕をゆっくりと広げながら片膝をつく。
そのまま、頭上から持ってきた腕を胸元でぐるぐると回し始めた。
その間、何かぼそぼそと喋っているようにも見える。
一体何をやっているのか、ツルギにはまるでわからない。
古代の儀式のようにも見えるが──
「どないしたツルギ? サハラに何か用か?」
フェイに呼びかけられて、我に返った。
「あ、ごめん。これを持ってきたんだ。フェイとサハラと、アリシアさんの分」
勘違いされたら困ると思ったツルギは、羊羹を3本差し出す。
「おお、昨日作ってたヨーカンか。おーきに。サハラも気になってたんやで、これ」
フェイは、快く羊羹を受け取ってくれた。
そのタイミングで、気になる事を質問する。
「ところで、サハラは何してるんだ?」
「ああ、あれはフライト前のルーティンやから、気にせんでええよ」
「ルーティン……?」
見れば、サハラは何事もなかったかのように、機体の点検を始めていた。
本当に不思議な子だなあ、とツルギは思った。
「ただ、な。あんまりサハラ見とると、ストームに勘違いされてしまうで?」
フェイはニタリと笑んで注意する。
やっぱり勘違いされてるのか、とツルギは動揺したが。
「大事にせんと。せっかくのええ奥さんなんやから」
「え?」
突然ストームの事を褒められて、ツルギは少し戸惑った。
「ま、まあ……自分でも、そう思う。かわいくてスタイルもいいし、とてもポジティブで元気をもらえるし、僕にはちょっと、もったいないくらい」
「ほう、そっか……ま、ウチのサハラだって、負けとらんけどな! かわいくてスタイルもええ、ウチの天使やで!」
だが。
一転してサハラの事を自慢し始めて、ツルギはさらに戸惑った。
別に互いの妻を自慢し合うつもりなんて、なかったのだが。
「そういう訳やから──サハラに手ぇ出すなよ?」
突然、冷たい表情でにらまれながら、そう言われた。
「ええ!?」
「その代わり、ウチもストームには手ぇ出さんからな」
「あ、当たり前じゃないか!」
ツルギは思わずそう答えたが、
「ふふ──はははははははは!」
そんなやり取りをする自分達がおかしく思えて、2人揃って笑い出してしまったのだった。
「ほんじゃ、お互いがんばろうな」
「ああ」
最後にそれだけ交わして、2人はそれぞれの機体に戻っていく。
フェイとはうまくやれそうだな、とツルギは感じていた。
戻ると、ストームは既に点検を終えていて、シロハが出した書類にサインをしていたところだった。
「はい、終わり」
「ありがとう、お姉ちゃん」
「あ、ツルギ。フェイと何話してたの? 面白い話?」
「別に大した事じゃないけど、きっとフェイも同じ事サハラに聞かれてるかもな」
ストームの能天気な問いかけに、ツルギはそう答えた。
「そっちは、もう点検終わったんだろ?」
「うん。じゃ、乗ろっか」
何はともあれ、いよいよ搭乗だ。
ストームがツルギの体を両手で抱え、車いすから持ち上げる。
戦闘機や練習機のコックピットには大抵、乗り込むためのはしごがかけられる。サハラとフェイが乗り込むT-50には、実際にそれがある。
しかし、立つ事ができないツルギのため、こちらには代わりにタラップが用意されている。
ツルギを両手で抱えている状態でありながら、ストームは軽々とステップをあがり、ツルギをコックピットの後席へと連れて行く。
そして、昨日と同じようにストームにコックピットの後席に座らせてもらうツルギ。
「がんばろうね」
離れる前に、ストームはツルギと軽く唇を重ね合う。
その味は、少し羊羹の甘さが残っているような気がした。
前席に向かってしまうストームが少し名残惜しくなってしまうが、ツルギはしっかりと気持ちを切り替える。
「よし」
マニュアルで見た通り、T-50のコックピットは懐かしいF-16のコックピットにそっくり。
それは、飛行機のコックピットとイメージして誰もが思い浮かべるであろうものとは全く異なる。操縦桿は両足の間ではなく右手側に置かれ、左手側のスロットルレバーと相まって、まるでSFに出てくるロボットのコックピットだ。
もちろん計器盤は、ディスプレイが並ぶグラスコックピット。
「お兄ちゃん、羨ましいなあ」
「何が?」
「何でもない」
コックピット脇に上がってきたシロハに手伝ってもらいながら、シートベルトを締める。
「それじゃタラップ外すから、後でね」
シロハが離れ、タラップが外される。
ツルギとストームは、ヘルメットをしっかり被る。
準備完了。いよいよエンジン始動の時が来た。
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