第23話 双子の鍛冶師


 最近――思ってたんだ。


(俺たち、ちょっと装備が雑すぎねぇか?)


 いや、今まではそれでもなんとかなってた。

 リリアの治癒魔法で回復できるし、ヴァルナの剣技もカリヤの機動力も、元から優秀だった。


 でも、こっから先――もっと強い敵が出てくるかもしれない。

 高難易度ダンジョン攻略だって視野に入る。


「そろそろ、武器と防具も本格的に強化すべきか……」


「オージ様、お気づきになられましたか」


 と、タイミングよくカリヤが鞘から剣を抜いてみせる。

 刃こぼれ。しかもけっこう深いやつ。


「先日の戦いで、だいぶ消耗してしまいまして。もう限界です」


 続いてヴァルナも肩をすくめた。


「俺の胸当ても、歪んでる……。もう三回直してるんだけどね、限界」


 はい、確定。

 我がチーム、装備強化の時期に突入です。


 

◆ ◆ ◆

 


 というわけで、鍛冶屋――ではなく、奴隷市場にやってきた。


 狙いは――鍛冶師。

 武器と防具を整備できる腕利きがいれば、今後の遠征もグッと楽になる。


 だが、しばらく見て回っても、めぼしいやつがいない。


 素材運搬専門の奴隷、炭焼きだけしかできない奴隷、

 鍛冶見習いとはいえ、才能のなさそうな面々ばかりだ。


「うーん……これは不作かなあ」


 そんなときだった。


 場の隅っこ、誰も寄りつかない影の奥で、言い争う声が聞こえた。


「何度言えばわかるのよ、レム! 私が鍛えるのは“武器”! 剣が好きなの!」


「だから姉さんこそ分かってよ! 防具の美学ってあるんだよ! 硬さと柔軟性のバランスとか!」


 小柄な双子の少年少女が、何やら口論中。


 姉のほうは赤髪をポニーテールにまとめた、勝ち気そうな目つきの女の子。

 弟のほうは青髪で、眼鏡越しにむっつりした表情を浮かべている。


 傍らで奴隷商が溜息をついていた。


「あー、見ます? あれね、双子の鍛冶見習いなんですけど、まぁ使えなくて」


「使えない?」


「はい。姉は武器鍛冶、弟は防具担当なんですが……どっちも雑な仕上がりで。何度やらせても、剣は折れるし、鎧はペラいし。いまはもう、在庫処分みたいなもんですよ」


「……ほう」


 ――そこで、俺の“目”が働いた。


 鑑定眼、展開。


 

 

《鑑定対象:ローナ・ハイベル(姉)》


【鍛冶技術】A 【器用さ】B 【火加減制御】A


《才能》


・武器鍛冶:F

・防具鍛冶:SS

・金属調律:S



 

《鑑定対象:レム・ハイベル(弟)》


【鍛冶技術】A 【器用さ】B 【金属知識】A


《才能》


・防具鍛冶:F

・武器鍛冶:SS

・鋳造技術:S



 

(……逆だコレ!! しかも、ぶっ壊れレベルの天才じゃねぇか……!?)


 なんてこった。

 姉は武器を鍛えたいのに、武器がFで防具の才能がSS。

 弟は防具を作りたいのに、防具がFで武器の才能がSS。


 まさかのすれ違いの天才双子だったとは……。


「こいつは……面白くなってきやがった。よし、こいつら……買うぞ」


「は? 本気ですか?」


 奴隷商が目を剥いた。


「ま、どうせ売れ残りだろ? まとめて買ってやる。金はここに」


 ポーチから銀貨を取り出し、ざらっと奴隷商の前に置いた。


 商人は一瞬ぽかんとしたあと、バカでかい声で笑い出す。


「っはー! いやあ、あんた太っ腹! こんなハズレふたりまとめて持ってってくれるなんて、助かるよ!」


「ハズレかどうかは、俺が決めるんでな」


 

◆ ◆ ◆


 

 屋敷に戻ってすぐ、双子を作業場に案内した。

 そして、早速伝えた。


「お前ら、今日から俺のとこで鍛冶仕事してもらう。で、いきなりだけど、お前たち……担当を逆にしろ」


「……は?」


「え?」


 ふたりの声が、見事にハモった。


「姉貴は防具、弟は武器。それでいこう」

 


「な、なななな、何言ってんのよ!? 私は剣が好きなの!」


「僕はっ……僕は鎧が好きなんだ! 硬さ! 防御力! 鉄板のロマンがそこにあるんだよ!?」


「うるさい! あんたはいつも防具防具って、そればっかりじゃない!」


「姉さんこそ、剣剣って! いつか大失敗して爆発するよ、その短絡的な性格!」


「するわけないでしょ!! あんたが爆発しなさい!!」


「何それ理不尽だー!!」


 

 ――やかましい。

 

 うるさすぎて耳がキーンと鳴ってきた。


 俺はため息をつきながら、ふたりの間にすっと割って入る。


「ま、お前らの“好き”を否定する気はねぇ。こだわりってのは大事だからな。でもな、才能ってのは、好きと同じとは限らねぇんだ」


「……っ」


「ちょっと黙って聞け。お前らは、今まで“得意じゃないもの”を頑張って作って、結果が出なかった。それで散々な評価を受けた……。でもそれはお前らのせいじゃねぇ。“適性”のせいだ」


 俺は真剣な目でふたりを見据えた。


「ローナ、お前は防具の才能がSSだ。火加減と金属の調律、どれもトップクラスだ。逆に武器鍛冶の才能は、正直“救いようがない”レベル」


「っ……!」


「レム、お前は鋳造技術と素材の見極めが異常なレベルで優れてる。けど防具作りに必要な構造理解はスッカスカだ」


「……そんな……」


「つまり、お前らの“成果が出ない理由”は、単純な話だ。“向いてないことを、やってた”からだ」


 ふたりは言葉を失って、ただただ、顔を見合わせていた。


 

◆ ◆ ◆

 


「でも……それでも……!」


 最初に口を開いたのは、ローナだった。


「私は、剣が好きなの! 格好いいし、鋭いし……。自分の作った武器が、戦場で役に立つって思うと、ゾクゾクするの!」


「……僕だって、防具で仲間を守りたいんだ。装備ってのは、命を預けるものだろ? その信頼に応えたいって、ずっと思ってたんだ……!」


 なるほどな。

 ふたりとも、ただの意地っ張りじゃない。“信念”があるんだ。


 ――だったら、俺の答えも決まってる。


「わかった。じゃあ、こうしよう」


「……?」


「“一緒に”作れ」


 ふたりが目を瞬かせた。


「防具はローナが鍛えて、レムが設計と仕上げを手伝う。武器はレムが打って、ローナが火加減や刃のバランスを調整する。要するに、お互いの才能を“補い合いながら”作れってことだ」


「そ、そんなの……できるわけ……」


「お前ら、双子だろ? 息くらい合わせられるだろ。どっちが主役とか、どっちが補佐とか、そんなの関係ねぇ。いいモノ作りてぇなら、“ふたりで”作れ」


 しばらくの沈黙。


 やがて――


「……じゃあ、試しに一本。やってみる?」


「……うん。姉さんとなら……やってみる」


 ようやく、双子が肩を並べて鍛冶台の前に立った。


 鍛冶場に、打撃音が響いた。


 カン、カン――カンッ!

 

 リズムの違うふたつのハンマーが、まるで呼吸を合わせるように金床を叩く。


 ローナは火力と金属の癖を見抜いて的確に熱を入れ、

 レムは整形と研磨、強度調整を正確にこなしていく。


「ローナ、温度もうちょい下げて。焼きが入りすぎると、反りが出る」


「了解。じゃあその分、成形はあんたの腕でカバーしてよ」


「当然」


 ……なんだ、できんじゃねぇか。


 むしろ、めちゃくちゃ“良い流れ”ができてる。


 ヴァルナが腕を組んで見守りながら、ぽつりとつぶやいた。


「……すごいな。まるで呼吸を合わせて踊ってるみたい」


 リリアは目をきらきらさせながら、こっそり手を合わせていた。


「がんばれー……!」


 カリヤも黙って頷いている。……おっ、ちょっと目が潤んでるな?


 

◆ ◆ ◆


 

 やがて、完成したのは――


 一振りの漆黒のロングソード。

 刃は細く、しかし芯が通っていて、振れば風を裂くような鋭さ。


 そして――


 深紅の縁取りが美しい、艶のあるチェストプレート。

 軽く、しなやかで、触れた瞬間にフィット感が伝わってくる。


「できた……」


「うわ……これ、僕たちが……」


 双子は呆然と、目の前の傑作を見つめていた。


 俺は剣をひと振りしてみる。


 軽い。強い。バランス完璧。


 次にヴァルナに胸当てを試着してもらうと――


「……え、なにこれ、軽っ!? すごい……動きやすい……!」


 彼女が思わずぴょんぴょん跳ねた。


 双子は顔を見合わせ、そして同時に――


「「すごい……ほんとに、作れた……!!」」


 

◆ ◆ ◆


 

 その夜。


 夕食のあと、双子は俺のところへやってきた。


「オージさま」


「……今日は、本当にありがとうございました」


 ふたりはそろって、深く頭を下げた。


「私、正直、才能のこと言われたときムカッとしたけど……でも、今ならわかります。向いてることと、好きなことって、別なんですね」


「……でも、好きなことも、二人でなら違う形で叶えられるんだって、初めて思えました」


「……これから、オージさまの武器と防具、私たちに任せてもらえませんか?」


「うん、絶対、後悔させません!」


 俺は笑って、ふたりに頷いた。


「頼んだぞ。……これからが、スタートだ」


 こうして、双子の鍛冶師――

 ローナとレムは、俺の仲間に加わった。


 戦う、癒す、鍛える――

 戦力だけじゃねぇ。チームとしての“屋台骨”が、また一段階、強化された実感がある。


 俺たちは、少しずつ。

 だけど着実に、“最強のチーム”に近づいている。




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