第三章 おはらい町 おかげ横丁
伊勢の扉
「おはらい町……おかげ横丁かあ」
石畳に水が打たれた、風情ある商店街だった。
まるで時代が下ったかのようだが、大勢のラフな格好の観光客が、今は現代だと教えてくれる。
「あ、涼しそう」
おかげ横丁の中心にある、まるで海の家のような開放型の店に少女は目を止める。
はためく幟を見ながら、手を擦り合わせた。
「赤福のかき氷だって。
上は宇治金時で、底に赤福っ!
おいしそうっ!」
はいはい、と男は頷く。
何処に座ろうかと辺りを見回す。
そのとき、辺りをきょろきょろ窺っている挙動不審な若い男が目に付いた。
こんな場所に不似合いなクリーム色のスーツ。
夏だというのに白い肌をしたその男には見覚えが会った。
「あっ、垣坂一騎!」
「何処っ!?」
少女は意外に素早い動きで見回すと、一騎に向かって駆け出した。
気づいた一騎は逃げ出そうとする。
「待ちなさいっ」
「お嬢っ、一騎には用がないんじゃなかったんですか」
言いながら、男は少し動きの鈍臭い一騎にすぐさま追いつきその腕を掴んだ。
一騎はへなへなと座り込む。
少女は生け捕りされた一騎を見下ろし、言った。
「そうだけど、よく考えたら時間がないんだったわ!
扉を見つけて、福音の泣きっ面を拝んでやらなきゃっ」
「泣きゃしないでしょうがね。
それより、この男、どうするんです?」
男は、くったりとしている一騎を見下ろして言った。
ほら、と少女は一騎にもかき氷を手渡す。
座敷には涼しい風が吹き抜けていた。
「私は、あまいものは……」
「あら、ストレス解消にいいのよ」
その言葉に、一騎は素直に受け取った。
よほど溜まっているらしい。
「まあ、そういう訳で、しばらく貴方の身体貸しておいて欲しいんだけど」
「……私に拒否する権利はなさそうですね」
力なく一騎は言った。
溜息まじりに辺りを見遣る。
「貴方には関係ないことかもしれないけどさ。
協力してよ。
今、忙しくないのなら」
何かを含んだ目で、一騎は少女を見て言った。
「そうですね。
どちらにせよ、私は貴女に逆らえない気がします」
それがどういう意味なのか、一騎は言わなかった。
「あの男、伊勢神宮の神官とか言っていましたが、神宮が苦手なんじゃないですか」
「そうかもねえ」
他人事のように言う少女に、
「貴方が連れて来たんですよ?」
と一応確認をする。
三人はビジネスホテルに宿を取っていた。
垣坂とは階が離れてしまったが、まあ、当日だったので、部屋が取れただけでも、よしとするしかない。
「そもそも、貴方が福音様との売り言葉に買い言葉で飛び出して来たのが悪いんですからね」
男は窓側のベッドに長細いプラスチックの鍵を放った。
「だって、あいつがまるで伊勢の扉が消えたのまで、私が生まれたせいみたく言うからっ」
と少女はもうひとつのベッドに飛び乗りわめく。
「伊勢の扉って、そんな最近失われたんですか?」
「そんなことないわよ。
何時なくなったのかわかんないくらい前からないらしいわよ」
「なんでまた突然、そんな話が出てきたんです」
「明日から夏の定例会議じゃない。
長老連中やおじいさま、各部の担当が集まって。
福音は私をそれに出したくないわけ。
余計なことを言わないよう、会議の間、他所へ追いやっておきたいのよ」
「福音様、議長ですからね。
まあ、賢明な処置かと思われますが」
「あんた、どっちの味方?」
と睨む。
「どっちでもありませんよ」
と軽く流した後で男は言った。
「それで期限付きなんですか。
だったら、別に扉を見つけなくても、怒られないわけですね」
そうよ、と少女は目の前の壁にかけられた無愛想な四角い鏡を見つめる。
その中に映る、まっすぐな黒髪、同じ色の引き締まった瞳を見据えながら言った。
「……絶対見つけてやる」
その意地に付き合わされる方の身にもなれよ、と男は溜息を漏らした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます