3章09 仮面からの呼び声

 俺は、親の代から引き継いだ、酒場を経営している。


 自分で言うのもなんだが、相手の顔色を伺うのがうまい。どういう言葉を求めているのか、なぜだかわかっちまうんだ。


 これは俺の才能だったんだろうな。だから、接客業には向いてたんだな。


 クダを巻きにくるおっさんも、失恋したねえちゃんも、みんな、俺を頼りにやってくる。


「……なあマスター、もう一杯くれ」

「ああ、次はどんな話なんだ?」

(もういいだろ、さっさと帰りやがれ!)


「ねえ聞いてよマスター、うちの彼がさぁ……」

「……それは、そいつが悪いですね」

(そりゃ、おめえが悪いんだよ、しょうがねえやつだな)


「マスター、あいつ、明日でいなくなるんだ……」

「そうか、寂しくなるな」

(だったら素直に“好きだ”って言えばいいじゃねえか、バカヤロー!)


「うちの子が口きかなくてさ」

「反抗期かもな、時間が必要だ」

(てめえが追い詰めすぎてんだろ、わかってんのか?)


 こんな感じでさ、客はなんだか知らねえが、俺に会いに酒場に来てくれるみたいだ。すげえストレスは溜まるがな!


 こんな生活を、20年ぐらいしてるんだ。


 リュカ、あの子が村に来てから、5、6年経っただろうか?


 あの子は、奇跡の力を持っているらしくてな、最初聞いた時は本当かよ!?と思ったものだが、実際、治った、癒されたって連中がごまんといる。


 最近、酒瓶を荷下ろししてた時、倒れたじいさんを見かけたが、リュカの奇跡の、その現場を初めてみたな。


 すげえと思ったけど、あの子が、何も偉そうにしねえし、変わらないことのほうが、すげえ、って思った。どんだけ人間できてんだろうな、あの年で。


 あの子は奇跡の力がなくても、いい子だと思う。子どもらしくねえ、落ち着いた姿もあるけど、なんか嫌味がねえ。


 なんかそのまま、まっすぐ生きてんな、って感じるんだ。


 ここ1、2年、リュカのそんな姿を見ていると、胸がチクっとするようになった。


 あいつが、まぶしく感じるんだ。


 俺は、接客で完璧な酒場のマスターを演じてる。


 でもよ、本当は冴えないおっさんで、本音を出したら、みんなあきれて来なくなるだろう、って怖さがあるんだよな。


 だから、あるがままで、生きていられるやつが羨ましいんだろうな。


 そりゃあ、俺も、本音を出して人と話してみてえさ。


 でもよ、商売柄、そいつはしちゃいけねえ。俺は、「酒場のプロで人生相談のプロ」でなくちゃいけねえからな。


* * *


 ある日、酒の配達の手伝いで、リュカが店に来た。


 酒の荷下ろしを手伝ってくれたんだが、駄賃渡すときに、興味があって聞いてみたんだ。


「おいリュカ、おまえさんは、いつも自然体だけど、なんか悩みってないのか?」


「ぼくの悩み……?」

 首をかしげながら、思案顔になる。

「……うーん。どうしたら、気持ちが人に届くのかな?って、思うことは多いよ」


「ほう、リュカ、すごいこと考えるんだな」

「……バルドさんのそばにいるとね、胸がいたいんだ」

「なんだって? どうしてそんなことに……」


「たぶん、バルドさんの痛みが伝わっているんだと思う」


 なんてこった。リュカには、そんなことが起こるのか。……そういや、治った、って言ってた連中の何人かが、リュカが胸抑えて苦しんでるとこ、見たって言ってたな。


「痛みか……そうだな……」

 グラスを拭きながら、視線を宙に向ける。


「悩んでることはあるけど、解決する気がしねえな」

「バルドさんが感じている悩みって、人に言えないこと?」


「ああ、そうだな……たぶん、言えないんだろうなあ」


「バルドさん、ぼく、バルドさんは、そのままがいいとおもうな」

「そのまま?」

「うーん、バルドさんの痛みって、自分をゆるしてないんじゃないかなって」


 なぜだか、胸にズキンと来た。


「自分を許す、か……」

「……俺はな、リュカ、いいやつじゃないって、自分で思ってるんだ」

「どうして? みんな、バルドさんを頼りにしてるでしょ?」


「それがな、重たいって感じる時が多いんだよな」

「重たい?」

「あー……なんて言ったらいいんだろうな」

 頭を搔きながら、リュカから目線を逸らす。


「俺の本当の姿を知られたくないっていうか……」

「…!? あっ! ……なんで俺は、リュカにこんなこと話してるんだろうな」

「たぶん、バルドさんが、バルドさんに聞かせたかったんじゃないかな」


「自分に、か……」

「……すまねえ、なんだか心が軽くなった気がするぜ、ありがとうな、リュカ」

「うん、ありがとう」


 リュカの胸から、少しだけ、痛みが抜けた。


* * *


 手を振って去っていたリュカを見送った後、バルドは考える。


 ……そういや、仮面つけてるのも、人のためにやってんだよな。


 ――そういう俺は、人の役に立ってんだから、それは認めてやんないとな。


 本音だしてえ、って気持ちはまだあるけどよ。そう思ったら、ちょっと気が楽になったぜ。


 遠く、リュカの胸に、温かさが宿る。


 明日からも何も変わらない、そう思う一日かもしれない。


 酒場のマスターは、これからも完璧で在り続ける。


 気づいた優しさのように、夕暮れの光が、グラスの中に滲んでいた。

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