地獄の特訓、効果は抜群だ!


 ある朝、トーリは元気いっぱいに目を覚まして、顔の上に乗ったリスのおなかの匂いを嗅ぐと、銀の鹿亭の食堂におりた。


「おはようございます」


「す」

 

 店主のジョナサンが厨房から声をかけた。


「おっ、おはよう。今朝は早いな」


「今日は朝から『暁の道』のみんなと一緒に狩りに行くんですよ」


「そいつはよかったな」


「はい」


 トーリはいつも、肩に乗せたリスのベルンとふたり(?)きりで狩りをしているので、一緒に冒険者デビューした子どもたちとの狩りが遠足のように楽しみなのだ。


「トーリお兄ちゃん、おはようございます。ちゃんとお仕事がんばっててえらいのね」


「ありがとう。ロナちゃんも毎日お仕事がんばってて偉いね」


「えへへー」


 看板幼女は、褒めたら褒め返されたので、嬉しそうに笑った。その頭をトーリがそっと撫でる。


「お兄ちゃん、朝ごはん、たくさん食べてね」


「うん」


 仲の良いふたりを見て、ロナの母であるエリーヌが「新婚さんみたいね」と冗談を言うと、ジョナサンが「ぐぬぬ」と唇を噛んだ。余計な文句を言って、可愛い娘に嫌われたら大変なのだ。


 今日も安定の美味しさの朝食を食べていると、『暁の道』のメンバーである片手剣のリーダー、マーキーと、棍棒使いで盾も練習しているギド、槍使いの雷魔法使いアルバートと火魔法使いのジェシカもやって来た。

 彼らは初心者を脱出して稼ぎが良くなったので、冒険者に評判の良いこの宿に泊まれるようになったのだ。

 彼らの次の目標は、パーティで一軒家を借りることである。


「おう、トーリは早いな。おはよう」


 まだ眠そうなギドを引きずりながら、マーキーが言った。


「みんな、おはよう」


「おはよう、トーリ」


「おはよう。おなかがすいちゃったわ」


「おーはーよー」


 朝の挨拶がきちんとできるのは、一流の冒険者になるために必要なことなのだ。初心者講習で講師のグレッグにそう教わってから、皆、トーリの真似をしながら、きちんとした言葉遣いやマナーを身につけるように気をつけている。


「今日はさ、いつもとちょっと違って、臨機応変な攻撃力やスキルが身につくような狩りをしたいと思うんだけど」


「それは興味があるな。詳しく教えてよ」


 そう言ってトーリの隣に座ったのは、頭の回転が速いアルバートだ。ジェシカも関心を持ったようで、「わたしも聞きたいな」とテーブルにつく。


 マーキーとギドは朝ごはんの方に集中して、トーリの話を全く聞いていなかったが、まあ、それはいつものことである。





 冒険者ギルドに行って、受付で草原の奥で狩りをする予定を報告すると、総合受付に座る大きな身体のギルドマスターに「気をつけて行ってこいよー」と見送られ、いつものように身体強化を使いながらダッシュで森の手前まで走った。


「それじゃあ、引っ張って来るね」


「うん、お願い」


「がんばるよ!」


 アルバートとジェシカは少し緊張しながらトーリの背中を見送り。すでに武器を構えて待った。


「どうしたんだよ、ふたりとも。めっちゃ気合い入ってるじゃん」


 マーキーとギドは、すでに戦闘体勢になったメンバーを不思議そうに見た。


「どうしたって、さっきトーリが話してたでしょ。ほら、心構えをしなさいよ」


「なんだよジェシカ。今日も草原と森に異常がないって、ギルドの人が言ってたじゃん」


「そーそー、ちゃちゃっと狩っちゃおうぜ! トーリがいると楽でいいよな」

 

「それよりも、ギドは盾を出しなよ」


「え? 盾の練習をするってトーリが言ってたっけ?」


「しっかりと魔物を受け止めてよね!」


「ジェシカまで、怖い顔をしてなんだよー」


 お気楽なマーキーとギドだったが、戻って来たトーリを見て顔を引き攣らせた。


「おいっ、なんでブラッドハウンドとドクヒョウと、デスウィンドマンティスまでいるんだよ!」


「やべーよ! やべーよ!」


「ギドー、プレゼントだよー、受け止めてねー」


「受け止めきれねーよ!」


 必死で身体強化を使って、飛びかかってきたブラッドハウンドを盾でいなす。


「殴っちゃってー」


 動きの速い巨大な犬の魔物であるブラッドハウンド相手に、ギドは奮闘したが、体当たりされて盾ごと地面に転がる。


「いてえっ!」


 すかさず襲いかかるブラッドハウンドに腕を噛まれて、ギドは悲鳴をあげた。

 動きの止まった魔物の喉にアルバートの槍が刺さり、雷撃が流し込まれる。


「ぎゃーっ!」


 身体がビリビリしたギドがまた悲鳴をあげた。


「『アクアヒール』はい、治ったー」


 ギドは心の中で『治ったじゃねーよ!』と突っ込んだが、魔物に盾を叩きつける。ブラッドハウンドは動かなくなった。


「ぎゃーっ!」


 次に悲鳴をあげるマーキーの元に駆け寄って、デスウィンドマンティスの凶悪な鎌攻撃を盾で防ぐ。


 ジェシカはドクヒョウに火魔法を打ち込んだが、鋭い爪で引っ掻かれて毒をくらってしまった。


「いった……」


「『アクアキュア』『アクアヒール』」


「ありがと!」


 ぶすぶすと煙をあげるドクヒョウの頭を、ジェシカは杖で殴りつけてとどめを刺した。アルバートもデスウィンドマンティス戦に加わって、なんとかすべての魔物を倒した。


「大丈夫そうですね」


「いや、どこがだよ! こんな、森の奥にいる魔物を三匹も連れて来るなんて」


「強い魔物じゃないと意味ないでしょ? 攻撃や毒を受けることで、物理耐性と毒耐性の特殊技能スキルが身につくよ。僕の回復魔法があれば、死なない限り治せるから安心してね。じゃ、次もがんばっていこう!」


「うおおおおおーい!」


 ギドの全力の突っ込みは、森の中へと猛ダッシュするトーリの背中には届かなかった。


「俺たち、どうなっちゃうんだよ……」


「トーリって、時々とんでもないことを思いつくよな」


 ギドとマーキーは顔を青くして、アルバートとジェシカは「スキルが生えるといいね」「毒は痛いよー。でも、がまんがまん、だね」と、闘志をみなぎらせていた。




 こうして、身体は全回復するが精神がぼろぼろになる特訓で、この日『暁の道』は全員が毒耐性のスキルを身につけることができた。

 1番やんちゃなギドが「もうやだよう……」と半べそをかきながら戦ったことは、パーティ内の秘密にすることとなった。仲間思いのメンバーなのだ。

 

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