ダンジョン都市の仲良しさん

 ミカーネンの町の腕利きの薬師のもとに、客がやって来た。マギーラ洋品店の店主にして、天才デザイナーのマギーラ・ジェッツだ。

 彼女は営業中と書かれた札の脇にある呼び鈴を押すと「ベルナデッタさん、こんにちは」と声をかけた。


「マギーラさん、いらっしゃいませ。今開けますね」


 扉の鍵が開いた。マギーラは中に入ると、店の中にぶら下がった鳥籠に挨拶をした。


「こんにちは、シアン。ご機嫌いかが?」


「こんにちは、マギーラ。おかげさまで上々よ」


 中にいた作り物の小鳥がそう応えると、美しく囀った。この小鳥の中には、ベルナデッタの使い魔が住んでいるのだ。


「今日はなにがお入り用かしら。またダンジョンに潜るの?」


 現れた店主のベルナデッタは、外見を変える魔法を使っていないので、黒い巻き毛が美しい若い美女だ。

 マギーラは、ベルナデッタとはこのダンジョン都市にやってきてすぐの頃に仲良くなったので、美しい女性が巻き込まれた不幸な事件についてもなんとなく知っていた。


「ええ、そうなの。中層の、虫の出る場所に行ってくるつもりなのです。いつもの感じで見繕ってもらえますか?」


「わかりました」


 ベルナデッタは、回復薬、毒消し薬、状態異常耐性薬などを数点選んだ。虫の中には毒を持つものがいるので、マギーラのようにひとりで入る場合には事前に耐性がつく薬を服用しておき、毒状態にしてなったら素早く毒消しを使う必要がある。


「良い狩りができるといいわね」


「ありがとう」


 マギーラは代金を払って品物を受け取り、マジカバンにしまった。


「お時間に余裕があったら、お茶をいかがかしら?」


「ありがとうございます、ぜひぜひ。おやつも持ってきたんですよ」


「さすがはマギーラさんね」


 こうして、店内にあるテーブルで女子会が始まった。


「ねえねえ、最近この町にやって来たエルフのトーリくん、ご存じ?」


 マギーラが瞳をキラキラさせながら、ベルナデッタに話す。


「本当に美しいのですよ! 外見はもちろんのこと、内面から滲み出る強さとか純粋さとか、もうね、たまらないのです。その溢れる魅力を前にすると、ものすごくインスピレーションが刺激されて、デザインが湧き上がってくるのです!」


「そ、そう。それはよかったわね」


「連れているリスがまた、キュートなのですよ。リスを連れた美少年、完璧ではありませんか!」


「リスを連れているの? それはいいわね、リスは可愛いわね。あら、羨ましいわ」


 ベルナデッタは小動物がとても好きだったので、リスを連れたエルフに会ってみたいと思い始めていた。


 マギーラの鼻息があまりにも荒いので、ベルナデッタは『マギーラさんったら、大丈夫かしら? エルフの男の子を頭から丸かじりしそうな勢いに思えるのだけれど』と、少々引いていた。

 ドン引きはしないあたりは友情の賜物たまものだろう。


「それでね、トーリくんはまだ駆け出しだから、お金があまり貯まっていないみたいなのですよ。でも、商売人として過度な値引きをするわけにはいかないのです。というわけで、彼の身を彩る素敵な服をお値段を抑えて作るために、わたしは自力で材料を調達しようと思うのですよ! このマギーラ・ジェッツは、芸術に魂を捧げた者! 妥協せずに完璧な服を作り上げてみせますわ!」


「ま、まあ、素晴らしい心意気ですわね」


 ベルナデッタはなんとか笑顔を作って拍手した。


「あら、服を作るの? その子は冒険者なのよね?」


 ダンジョン都市にやってくる男の子は、ほとんどが冒険者志望なのである。


「……服にしか思えない素晴らしい防具を、全力で作ろうと思っている次第です!」


「まあ」


「大丈夫です、言わなければわかりません。この町の防具はそういうものなのだと説得してしまいましょう!」


 ベルナデッタは、マギーラの付与魔法の腕前が天才的であることを知っていたし、彼女がテンションマックスで作り上げる服……防具が、駆け出しの冒険者には到底手の届かない逸品であることもわかっていた。

 彼女の服……防具を身につけることができるのは、そのエルフの少年にとって幸運なことなのだ。


「きっと素敵な『防具』ができるでしょうね。拝見する機会もあると思うから、わたしも楽しみにしているわ」


「はい、乞うご期待なのです!」


 ベルナデッタの言葉に、マギーラはさらに鼻息を荒くしたのだった。

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