第23話
昼前、雪の止んだ隙を狙って、俺たちは集落の周囲を見回りに出た。
集まったのは、ノシュ、リラ、それにユイと、力自慢の若者ふたり。俺たち以外はまだ作業場や炉の管理で忙しい。何かあったときすぐに戻れるよう、人数は絞った。
この村を守るってのは、ただチセの中で震えてるだけじゃできない。
風を読むこと、雪の重みを知ること、獣の気配を感じ取ること──全部、生きるために必要な知恵だ。
雪を踏みしめるたび、足元からぎゅっぎゅっと音がする。
踏み固められた道はまだ少ないから、ちょっとでも気を抜くと膝まで沈む。けど、皆笑ってた。新しい靴がずぶ濡れになるのも、転んで頭に雪を被るのも、全部“生きてる証拠”だって思えたからだ。
「トウガ、あれ!」
ノシュが指さした先、雪原に大きな割れ目が走っていた。
雪庇だ。吹き溜まりの下が空洞になって、いずれ崩落する危険な場所だ。
「近づくな。崩れるぞ」
「は、はい!」
俺は雪に小さな枝を突き刺して、目印をつけた。夜になったらわかりづらいから、村に戻ったらすぐに柵を作ろう。
そんなふうに、一つ一つ危険を潰していく。
俺たちにとって、この村はただの居場所じゃない。
ここで、生きるんだ。
「見ろ、あそこ!」
今度はリラが声を上げた。
指差す先、雪の合間に黒い影がうごめいている。野兎か──いや、違う。
よく目を凝らすと、それは大きな、ふかふかの毛並みを持った獣だった。
「カムイの使い、か?」
リラが小さく息を呑んだ。
俺も、呼吸を整えながら手をかざす。
もし敵意があるなら、ここで引かないといけない。
けど、祈れば──言葉が通じれば──
俺は深く息を吸って、風に祈りを乗せた。
「ホイサー……オ・カムイ、旅の子よ、ここは命を繋ぐ地……争う意志なければ、共に行こう……」
風がふわりと流れた。
獣は一瞬こちらを見たが、威嚇の気配はない。ただ、興味深そうに首を傾げるだけだ。
そして、ふらりと雪をかき分け、俺たちのすぐそばをすり抜けていった。
誰も、声を出さなかった。
ただその背中を、雪の中に消えるまで見送った。
「……トウガ、すごい……」
「言葉が届けば、精霊も敵じゃない」
そう言いながら、俺の胸は高鳴ってた。
語り手として、また一歩、先に進めた気がしたからだ。
この声は、間違いなく生きるための武器だ。
誰にも奪えない、俺自身の力だ。
雪原を越え、氷の上を歩き、風と語る。
そんな旅を、これから何度でも繰り返していくんだろう。
けど、俺はもう恐れない。
この村に帰る場所がある。
声を聞いてくれる仲間がいる。
だから、どこへだって行ける。
俺たちは、吹雪の中をさらに歩き出した。
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