第33話

 剣を構えた俺の周囲を、数え切れないほどの影が取り囲んだ。

 それぞれがかつてナンタラーを守った者たちの意志、その残滓。

 かつては誇り高き戦士であり、祭司であり、王族であり、民であった者たち。


 今はただ、使命だけを残した影となって、俺を試す。


 一本の槍が、水を切って飛んできた。

 反射的に剣で弾き、その勢いのまま、斜めに振り抜く。

 火の加護を帯びた刃が、影の一体を貫いた。


 だが消えない。

 傷つき、裂かれてもなお、影たちは立ち上がる。


 「……そうか。これは、力では打ち払えない」


 俺は悟った。

 この試練は、“力比べ”じゃない。

 意志を試すものだ。


 心を試し、信念を試し、歩んできた道の重みを問うものだ。


 八つの加護が俺の中で震えた。


 火が、燃えるだけでは道を焼き尽くす。

 水が、流れるだけでは全てを押し流す。

 風が、吹くだけでは何も残せない。

 地が、支えるだけでは動き出せない。

 雷が、閃くだけでは道を切り開けない。

 幻が、惑うだけでは真実を掴めない。

 光が、照らすだけでは影を生む。

 闇が、包むだけでは希望を隠す。


 すべてを、調和させなければならない。


 「――来い」


 俺は剣を下ろした。

 構えることをやめ、ただ、立った。


 影たちが一斉に襲いかかってくる。


 火の加護が俺の身体を包み、水の加護がその熱を緩和する。

 風が影の軌道を逸らし、地が俺を支える。

 雷が狙いを断ち切り、幻が本物と偽物を見分けさせる。

 光が影を照らし、闇が余計な恐れを飲み込む。


 加護たちの力が、俺の意志と重なった。


 剣は振るわない。

 それでも、俺の存在そのものが、試練を打ち破る。


 影たちの動きが止まった。

 一体、また一体と、膝をつき、頭を垂れる。


 やがて、全ての影が霧のように消え去った。


 大神殿の前に、静けさだけが戻る。


 ヴィスヌクラが再び俺の前に現れた。

 その顔に、微かな笑みが浮かんでいた。


 「……よくぞ、超えた」


 声は、誇りに満ちていた。


 「ナラヤン・ラーチャ。汝は、力に溺れず、意志を失わず、世界を導く器に相応しき者。よって、我が秘宝を授けよう」


 ヴィスヌクラが手にした水晶槍が、音もなく分解し、光の粒となって俺に降り注いだ。


 その光が、俺の胸の神印に吸い込まれていく。


 身体が熱くなる。

 水の精霊の力が、さらに深く俺に根付いた。


 これまでの加護とは違う。

 これは、“王の力”だ。

 導く者が持つべき、真の“支配と救済”の力。


 「ナンタラーの使命を、託す。これより汝は、精霊と人との橋となれ」


 その言葉を最後に、ヴィスヌクラの姿は、光となって消えた。


 俺は頭を下げた。


 ナンタラーの神殿には、再び波が打ち寄せた。


 そして、海の上。

 ターニンたちが待つ“ルアン・マハーサティア”へと戻るため、俺は水面へと歩き出した。


 この新たな力を胸に、次に進むべき道を、確かに見据えながら。

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