第18話

 幻の加護が宿ると同時に、胸の文様が淡く揺れた。

 それは、これまで得てきた五つの力とも異なる、柔らかく包み込むような気配。


 幻は、他と違い“干渉”しない。

 導きも、押しつけもない。

 ただ、問いかける――「お前は、誰だ?」と。


 自分自身を見つめる力。

 それこそが、幻の本質なのだと気づかされた。


 俺は深く息を吐き、森を抜ける。


 気がつけば、霧は消え、視界には青空が戻っていた。

 風が通り抜け、木々が揺れ、鳥の声がどこか懐かしく響いてくる。


 幻に満ちた森の中にいても、俺は迷わなかった。

 それが、試練を越えた証だった。


 次なる精霊は、光。

 その在り処は、山岳地帯の高所にある古代の遺跡、“サンティヤの塔”。


 神話によれば、光の精霊はかつてこの地に“夜明け”をもたらした存在であり、

 その試練は「すべての影に、光を差し込ませること」だと伝えられている。


 影を見よ――幻がそう教えたならば、光の試練はその裏にある“真実”を暴く力。


 俺は地図を広げ、塔への道を確認する。


 道のりは険しい。

 だが、精霊との絆は、確かに俺の中で息づいている。


 火、水、風、地、雷、幻――

 六つの力が、今の俺のすべてを支えてくれている。


 残すは、光と闇。

 世界を成す最も根源的な対極の力。


 その二つを手にしたとき、俺の旅は一つの“形”を得るのだろう。


 「よし……行こう、サンティヤの塔へ」


 太陽は高く、空はどこまでも広がっていた。

 その下にある影のすべてを、光で照らすために――



 サンティヤの塔は、まるで天に向かって突き刺さるようにそびえ立っていた。


 その白い石造りの構造物は、遥か昔に築かれたものだとされているが、今もなお一片の崩れもなく、太陽の光を鏡のように反射していた。


 塔へと続く石段は、数百段にも及び、周囲には巡礼者の足跡すら残っていない。

 光の精霊の地は、それほどまでに人を拒むのだ。


 俺は迷いなくその石段を踏みしめる。


 一段ずつ、確かに。

 六つの加護が、今の俺の足元を照らしている。


 そして、塔の頂にたどり着いたとき――

 そこには、まばゆい光に包まれた空間があった。


 目を開けていられないほどの光。

 だが、心は静かだった。


 その中央に、一つの“輝き”があった。

 形も輪郭もない、ただ光だけが存在するような精霊。


 「ナラヤン・ラーチャ」


 その声は、音というより“意識”そのものに触れてきた。


 「汝は、いくつもの影を見た。恐れを知り、心を見つめ、揺らぎのなかに自らを立てた。だが問おう。光とは何か」


 俺は答える。

 即答ではなかった。だが、確信はあった。


 「光とは……真実じゃない。希望だ」


 静寂が流れる。


 「影を見て、それでも立ち上がる者に与えられるもの。それが光だ。見失った道を照らすのは、真実じゃない。“進みたいと願う心”だと思う」


 その言葉に、光が震えた。


 そして――塔全体が発光する。


 辺りは純白の世界に包まれ、俺の存在すら輪郭を失っていく。


 だが、恐れはなかった。

 光の中にあるのは、暖かさと、静けさと、圧倒的な受容。


 「……よくぞ、影を越えてここに至った」


 その声と共に、塔の中央からひと筋の光が降りる。


 それは触れることも、掴むこともできない――

 けれど確かに、俺の胸に宿った。


 七つ目の加護、光の力。

 それは希望と導きの象徴。

 いかなる闇にも、迷いにも、先を示す力。


 そして、次はいよいよ――


 最後の加護、“闇”との邂逅。

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