第4話
全身を満たしていく熱は、まるで溢れ出す泉のようだった。
それは怒りでも喜びでもなく、ただ、確かな“力”だった。
俺の中に、新たな何かが根を下ろした感覚。
「……これが、神獣の加護……」
呟いた声が震えていたのは、恐れからじゃない。
初めて、自分自身に手応えを感じたからだ。
ナーガは、最後に俺を見つめると、空へ舞い上がった。
金色の身体が夕闇の空に浮かび、再び裂け目のような空間を通って、音もなく姿を消す。
残された俺は、しばらくその場に立ち尽くしていた。
何が起こったのか、完全には理解できていなかったけれど──
もう、戻れないことだけはわかっていた。
背中に刻まれた熱は、消えない。
胸に宿った文様は、うっすらと光り続けていた。
──俺は、変わってしまった。
それが嬉しくて、怖くて、でも何より……生きていると実感した。
ゆっくりと地図の残骸を見下ろす。
赤い点が示した場所。あれが、何なのかはまだわからない。
けれど、俺はそこへ向かわなければならない。
それが、この力を授かった者としての“義務”であり、運命だ。
「よし……行こう」
立ち上がると、足取りは軽かった。
森を抜け、村へ戻る途中、空はすでに星を纏い始めていた。
夜の森は静かだった。
けれど俺の心の中は、ざわざわと波立っている。
明日には、村が変わって見えるかもしれない。
いや、俺のほうが、変わったのだ。
自分でも、これからの自分がどうなるのか想像がつかない。
けれど、不思議と怖くなかった。
──やっと、始まったんだ。俺の人生が。
村の灯りが、遠くに見えた。
その光は、今夜はいつもより温かく、少しだけ優しく感じられた。
*
村へ戻ったとき、夜はすでに深く、広場の焚き火だけが燃えていた。
人影はまばらで、昼の喧騒が嘘のように静まり返っている。
足音を忍ばせて家へ戻ると、家の中では母がまだ起きていた。
「ナラヤン……どこへ行ってたの?」
火鉢の前で薬草を仕分けていた手が止まり、母が顔を上げた。
その目には、怒りでも心配でもなく、問いかけがあった。
「ちょっと、森に……光を見たから、気になって」
「見た? あの赤い空の裂け目を?」
「うん。でも、もう消えた。……何もなかったよ」
嘘だった。けれど、それしか言えなかった。
ナーガのことも、契約のことも、今は話すべきじゃない。そう感じた。
母はしばらく俺を見つめていたが、やがてふっと息をついた。
「……なら、いいわ。でも、危ないことはしないで」
「ああ、わかったよ」
言いながら、俺は胸に手を当てた。
文様は、まだほのかに熱を持っている。
誰にも見えないのに、確かにそこにある。
今までとは違う。俺は、もう“ただのナラヤン”じゃない。
その夜、床についたものの、眠気はまるで来なかった。
目を閉じれば、ナーガの眼差しと、あの地図が浮かんでくる。
──八つの地点。
──侵されている土地。
あれは何なのか。何が始まろうとしているのか。
そもそも、俺一人でどうにかできることなのか。
けれど、怯えてはいなかった。
むしろ、胸の奥は静かに燃えていた。
ようやく見つけた、自分の役目。
誰にも与えられなかった価値が、今、ここにある。
「俺は……きっと、大丈夫だ」
小さく呟いて、目を閉じた。
闇の中、どこか遠くで鳥の声が聞こえた気がした。
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