ネット生放送での若者の叫び
これはA君が生前最後に行った生放送の文字起こしだ。
生放送の動画は生前、私の友人である記者Yが残した、今回の事件に対する取材をまとめたフォルダ内に入っていた。
わずか、二十分程度の動画であったが、その内容はひどく心苦しいものだった。
プライバシーに関わる部分は著者が編集を加えている。
※※※
六畳ほどの和室が映る。
畳の上には大量の服や本、漫画…お菓子の袋等が所狭しとおかれている。
A君が画面外からカメラの前に入ってくる。
A君はカメラの前に立ってから、しばらくの間、無言でうつむいている。
長い沈黙の後に、A君はポケットから取り出したスマホの画面を見せる。
そこにはBのXのプロフィール画面が映っている。
数回、息漏れ音を出して、重い口を開くA君。
「・・・僕は…今、このB君と…その他大勢の人にいじめをうけています…」
「本当辛いんです…」
「両親や兄や友達に相談なんてできません。だって、僕の周りの人間は、僕みたいにいじめられた経験が無いから・・・」
「そう・・・」
(数秒の間)
「誰も、僕の気持ちなんてわかってくれない…」
Aはポケットからカッターナイフを取り出す。
そして、手首を何度も何度も切りつける。
多量の血が手首から出てきて、それをカメラに写し始めたところで
映像が途切れる(おそらくネット生放送の運営側が配信を止めたのだろう)
※※※
以下の文はYの取材フォルダ内にあった取材日記を元にしている。
この動画は某、ネット生配信アプリで配信された動画らしい。生配信中の視聴者数は50人程だったという。Yは偶然、眠れない夜に、この生放送アプリをスマホで開いたら、このA君の配信がトップ画面に表示され、A君がカメラの前に沈黙する所から見始めたのだった。
運営に放送が停止された、この動画のアーカイブが削除されるのは時間の問題だった。その前に彼はタイムシフト機能を使い、動画をキャプチャーアプリで録画したのだった。他にも、この動画を録画していた人物が居たらしく、その人物はXやyoutubeでこの動画をアップロードして、A君の動画は瞬く間に世界に拡散されていった。
Yは、A君が残した最後の言葉が胸につかえていた。そのため、彼はその言葉の意味を確かめるために、取材を始めたのだった。しかし、現実は耐えがたいもので、彼はA君の周囲の人物を取材するうえで、A君の理解者があまりにも少ない現実を思い知る。そして、取材を終えた彼の脳内に、A君の最後の言葉が反芻する。「誰も、僕の気持ちなんてわかってくれない…」「誰も、僕の気持ちなんてわかってくれない…」「誰も、僕の気持ちなんてわかってくれない…」彼は、そのとき、とめどない程の大粒の涙を流したのだった。そんな彼に追い打ちをかけるようなできごとがあった。
インタビュー取材を終えた一週間後、Aの兄が自宅で首をくくり自殺したのだ。
Yは自身の取材が彼にAを失った辛い現実を再度、思い出させてしまったのではないか?そう思い、後悔した。Aの数少ない理解者の死亡、Yは絶望の淵に立たされた。
Yは、取材日記の最後をこう締めくくっている。
『私は人として許されないことをしてしまった。今ではこの取材を行ったことをひどく後悔している。』
彼はそのテキストファイルの最終更新日の次の日、自宅マンションでリストカットをして息絶えている状態で発見された。彼の上司が無遅刻無欠席な真面目な彼が連絡も寄こさず、無断欠勤しているから心配して彼のマンションに来て、そこの大家さんと共に発見したのだった。
真面目な彼は真面目すぎるからこそ、この一連の事件に耐えられず、この世を去ったのだろう。
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