第15話 再び世界に晒される

 如月ミカが、自らの排泄の瞬間を描いた絵画を発表した──。


 このニュースは瞬く間に広まり、再び社会を揺るがした。


 ギャラリーに展示された新作群。そこには、若き日のミカが便器に座り、身体のすべてをさらけ出す瞬間が克明に、そして限りない静けさと敬意をもって描かれていた。


 週刊誌は『如月ミカ、究極の自己回帰』と見出しを踊らせ、テレビの討論番組では再び激しい議論が巻き起こった。


 「これは過去への病的な執着だ」

 「いや、自己受容の最も純粋な形だ」


 評論家たちはこぞって論評を書き、ミカの絵は『現代芸術における存在論の金字塔』と称賛される一方で、『倒錯とナルシシズムの極み』と切り捨てる声も少なくなかった。


 ギャラリー前には連日行列ができ、熱心なファンたちは涙を流しながらミカの絵に見入った。


 「ミカは、私たちのすべてを肯定してくれた」


 そう語る若い女性の声が、ニュース番組で流れた。


 一方で、ミカの絵を「社会への挑発」と受け止める向きもあった。

 あるコラムニストは、「人間が隠し続けた排泄というタブーを、ここまで真正面から暴き出す行為は、文明そのものに対する静かな反逆だ」と評した。


 芸術誌では、ミカの絵を巡って特集号が組まれた。

 『出すこと、晒すこと──如月ミカの芸術革命』

 その中である批評家は、こう締めくくった。


 「如月ミカは、排泄というもっとも卑小な営みを、もっとも崇高な行為へと押し上げた。彼女はもはや、出す者でも、出さない者でもない。ただ、存在する者だ」


 だが、如月ミカ本人は何も語らなかった。

 メディアの取材要請をすべて断り、公式声明も一切発表しなかった。


 彼女はただ、静かに描いた。


 過去を、排泄を、自己を。

 それを曝け出すことで、ようやく新たな生の入り口に立とうとしていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る