第20話 利他販売組合
【関係者たちの顛末】
六車浩志(段ボール会社社長)は、工場の一部を売却して経営を縮小。農組との取引も停止となり、妹と花輪常務の離婚が報じられた後で表舞台から姿を消す。
古賀肇(タケノコ農家)は、あの音声データを入手したスパイと農家の二刀流として、地元の英雄として取材が殺到。本人は山で静かに暮らす日々を選んだが、ぽつんと一軒家に取材され、再度注目を集めている。
庄司隆三(元FUサラサ組合長)は、吸収合併後に組合長職を退き、農家に戻る。組合長まで勤めただけあって地元農家の信頼は厚く、未だに様々な農家からの相談を受けている。
品川守(元専務理事)、療養先の病室で経過観察中。自死未遂の後遺症が残り、リハビリに励んでいる。面会に訪れた朔に、小さく頭を下げた。
花輪昌彦(元営農常務)は、すべての不正を認め、退職。現在は親族とも縁を切り、消息は不明。
土谷宏樹(元保険係長)は、地元を離れ隣県の保険会社に再就職したという。苗字を母方に変えており、営業の業績はかなり優秀とのこと。
伊達勝之(元サラサ専務理事)は、一連の不祥事件に関与した証拠はなかったが、合併先のFUはつらつでは肩身が狭く、再任されなかった。以後、公の場には姿を見せていない。
重松亜土夢(広報部職員)は、元組織のFUサラサの消滅により、統括会広報部に転属配置された。本人は”事業推進ノルマがなくなり、農家と直接関わる仕事ができようになった”とかなり喜んでいる。
宮司泰造(農業政策部係長)は、任期満了し、FUなみかぜの農業政策部に戻った。朔の国農出向が決まった夜、ひとり八重でビールを片手に「次は誰の背中を押そうかな~」と呟いた。
松井豊作(広報部主任)は、サラサへの出向を終え帰任。病床の品川元専務への証言収録を手がけた。現在は統括会の広報部主任。逆に、豊作への取材依頼が絶えないが、表舞台に出るつもりはない。
土肥良太郎(監査部次長)は、張り巡らせた人脈と情報収集力の強みをいかんなく発揮し、監査部に所属するや、瞬く間に不祥事件を摘発している。林部長から「監査は不正発見部署じゃない!」と叱られている。
嶺岡正義(元衆議院議員)は、議員辞職後、公の場に姿を見せていない。事務所は閉鎖され、家族も表立ったコメントは避けている。来年選挙が行われる参議院に挑戦するという噂、今も議会中継の録画を繰り返し見ているという噂だけが、静かに広がっている。
10月中旬。大和農民組合統括会、会長室。
深まりゆく秋の空の下、権藤悟会長は長机の向こうで書類に目を通していた。
「…入れ」
ドアをノックした音に、静かに返答した。
入ってきたのは瀬又朔。スーツの裾を直しながら、一礼。
「失礼します」
権藤会長が視線を上げる。
「こちらが県域再編案と、全国組織への申請関連です」
会長は、資料を閉じて手元に揃えた。
「これまでよくやってくれた。参考人Aさんの抜群の知名度と説得力のおかげで、合併協議はスムーズだな」
「ありがとうございます」
朔は照れながら、一礼した。
「ここでひとつ、お願いがある」
「お願い……ですか?」
権藤は机の引き出しから一枚の封筒を取り出した。
「あ、それ」会長がひらひらと振ったそれは、先週高崎次長と阿武部長に提出した朔の『退職届』だった。
「自筆で提出とは。意外と綺麗な字を書くんだな。だが、これはシュレッダーに放り込ませてほしい」
権藤は、ゆっくりと立ち上がり、会長室の窓際に歩み寄った。
「瀬又くんには“全国農民組合統括連合”…国農へ出向していただきたい」
瀬又朔の思考が止まった。
「…国農、東京ですか」
「全国的にも農民組合は混迷している。利他の精神を忘れ、保身で腐敗した組織を立て直せる人間が欲しいと、東京が要請してきた」
「でも、私は…」
会長は振り返り、穏やかに笑った。
「君が火の中に飛び込んだから、ここまで来られた。今度は全国の火を鎮める番だ」
朔は言葉を失い、ただ深く頭を下げた。
「…少し時間をいただけますか」
「もちろんだ、これは内示ですらない。非公式の要請だ」
その夜。朔と杏子は、ベランダで並んで夜風を浴びていた。
「東京か…」
「ごめん、杏子」
「ちゃんと帰ってくるんだよ。東京お土産忘れないように」
「え、ついてこないの?」
「仕事がありますからね」
「夫を見捨てでも続けないといけない仕事なんて、この世にはないよ」
「別に見捨ててないでしょう」
「え~東京楽しいよぅ?なんでもあるよぅ?スタバとか、富士そばとか」
ベランダから見える星空。ひとつの星が、流れた。
全国農民組合統括会(略称:国農)。
東京・霞が関の一角にある重厚なビルの18階に、新たな部署が誕生した。
【改革推進室】
室長 倉田 雷(くらた・らい)
次長 瀬又 朔(せまた・さく)
宮部 美雪(みやべ・みゆき)
堂本 大輔(どうもと・だいすけ)
広いオフィスで『次長用』の机を与えられ、朝一番乗りで出勤してPCを立ち上げる。
デスクマットの中には、一枚の紙が入っている。
『農民組合は、理念実現のために闘う組織です』
朔は椅子の背もたれに思い切り体を預け、小さく息を吐いた。
画面に映るファイル名。
『不祥事案件:南東農協 内部通報調査』
「はぁ~あ。なんでこの人たちは、こんなに金太郎飴かねぇ。『利他飴』でも作って配ろうかいな。」
改革推進室のメンバーが、どっと笑った。
傾いでゆく天秤の上で マレブル @CODINO18
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