第13話 最後の一矢
「間違えてますよ」
部下の廣瀬に言われて、土谷宏樹(つちや・ひろき)は彼女に鋭い眼光を向けた。
—俺が何を間違えた!―
言葉にしようとしたが、喉の奥に硬い塊が詰まって出てこなかった。
廣瀬が、そっとモニターを指さした。
「発注伝票、型番がズレてます」
ああ、そうか。そうだったか。
「こっちで直しときますね」
土谷は無言でうなずいた。
廣瀬が去った後、ディスプレイの光の中で、ひとり拳を握り締めた。
FUサラサの保険係長になったとき、誰よりも売上げをあげてみせると誓った。
「土谷、結果を出せば道は開ける」
花輪常務の声を思い出す。
だから、農家にも、業者にも、あらゆる手を使って契約を取った。
—数字こそが正義だ。そう思っていた。
瀬又朔。
あいつさえいなければ。
すべてはうまくいっていた。
ペルソナボックス?内部告発?
あんなものに大した力はない。
だが、奴は違った。
六車段ボールに押し付けた契約。
積みあがる段ボール。
あの日、監査部の連中が机に押し寄せたとき、すべてが終わった。
「土谷宏樹を懲戒解雇処分とする」
紙切れ一枚で、十五年分の努力が、無に帰した。
—だけど、まだ終わってない。
俺を切り捨てたすべての連中を全員、後悔させてやる。
土谷は夜、自宅ベッドに仰向けになり、天井の染みを見つめながら考えた。復讐だ。
最後に俺に残されたのは、それしかない。
花輪常務に、かつて言われた言葉を思い出す。
「何もかも、金で解決できる」
ならば俺も、金で。
翌朝、土谷はFUサラサの帳簿コピーを引っさげて、県内の新聞社に出向いた。
受付で偽名を使い、金の受け取り先通帳を示し、資料だけを置いて立ち去った。
置いていった裏帳簿には、まだ統括会が掴んでいない、選果場に関する不正行為が記されている。
—もちろん、土谷自身の名も。(全員道連れだ)
数日後、新聞社の特集記事が出た。
土谷宏樹の最後の一矢。
"FUサラサは、農家から手数料を徴収しながら、選果場を稼働させていない"
"農産物はすべて郊外の直売所『おやさい広場』に横流しされ、現金取引に回されている"
"おやさい広場への売掛金は意図的に支払われていない。支払えば、選果場が空洞化していることが露見する"
社内メール、内部帳票、物流記録。
膨大な証拠データを、土谷は自宅のPCにバックアップしていた。
それを、匿名で統括会監査部と、地元新聞社、さらには舞聴新聞にも送りつけた。
「道連れだ、花輪…」
冷たい笑みを浮かべた土谷は、すべてを投げ出す覚悟だった。
自分ひとりが破滅するのではない。連中も、もろともに沈める。
統括会監査部が受け取ったファイルには、選果場出荷予定表とおやさい広場納品記録が一致しているデータが大量にあった。
瀬又朔が入手した選果場の稼働日報には「ゼロ」が記録され続けているが、サラサのシステムは毎日規則正しく出荷物売上金額を計上している。
統括会内部は、騒然となった。
「完全な二重帳簿だ」
「刑事事件になるぞ…」
特に重いのは、農家から徴収していた選果手数料だ。
実態のないサービスに対して金を取ったら、詐欺に問われる可能性がある。
不正の証拠書類を見たあとで、みな必ず瀬又朔の方を見た。
朔は、「俺じゃない」と両手を広げ身振りで応える。
「それより、誰がこれを仕組んだんだ」
「選果場の責任者は…営農常務でしょう」
誰もが名前を出すのをためらったが、花輪の存在感は否応なしに浮かび上がった。
統括会の林監査部長が、すぐに動いた。
「サラサの営農常務を呼び出せ。臨時ヒアリングを行う」
招集された花輪は、のらりくらりとかわそうとした。
「あくまで理事会決定に基づいて…」
「おやさい広場への販売も、販路拡大の一環で…」
だが、瀬又朔が矢継ぎ早にデータを突きつけた。
「この月、これらの出荷。選果場は稼働記録がありません。どう説明しますか」
「そ、それは…選果場が混雑していて…」
「混雑? 稼働日ゼロの月に、混雑が?」
花輪は、額に汗を浮かべた。
さらに、朔がとどめを刺す。
「『おやさい広場』に支払いを渋っていたのは、なぜですか?」
「そ、それは…経理上の手続きの遅れで…」
林監査部長が声を低くした。
「これ以上の虚偽答弁は、あなた自身の身を滅ぼしますよ、花輪さん。」
室内に重い沈黙が落ちた。
—そのとき。
扉が荒々しく開いた。
「追加資料入りました!土谷係長のPCデータから、おやさい広場と交わした覚書です」
花輪の顔から血の気が引いた。
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