第12話 無詠唱

「この先に素敵な湖があるんですよ! その畔で今日はゆっくりしましょう!」


 そう言いながらユキハが俺たちの前を先導する。

 その手にはサンドイッチの入った籠が抱えられていた。

 とても楽しそうだ。

 サーシャはユキハの後ろを歩きながら頭を掻いた。


「……ただの湖だろ? どれも同じじゃないか」

「サーシャ様! 無粋な事を言わないでください! 今から行くところは特別綺麗なんです!」


 サーシャの言葉に振り返って頬を膨らませるユキハ。

 そんな彼女にサーシャは苦笑いを浮かべた。


「あー分かった分かったから。前を向いて歩かないと危ないだろ」


 そんな会話をしながら歩くこと三十分。

 ようやく俺たちは森を抜け、少し開けた場所に出た。

 そこには大きめの湖が木漏れ日を浴びて燦々と輝いていた。

 湖の中心には大きな木が生えており、それ以外にも小さめの木が何本も湖から伸びてきている。

 静かな空間で、水の匂いが香る。

 この世界にいるか分からないが、確かに妖精とかが住み着いていてもおかしくないほど綺麗な場所だった。


「どうですか!? 素敵な場所でしょう?」

「私には分からんな」


 サーシャは何処か冷めた口調だ。

 彼女には絶対に理解されない事を知ったユキハが、こちらに期待を込めた視線を送ってくる。


「……確かに綺麗な場所だな。妖精が住み着いていそうだ」


 俺が言うとサーシャは呆れたようにこう言った。


「妖精なんてそんな可愛らしい存在じゃないぞ。アイツらはただの狡猾な愉快犯だ。どうやって人を貶めて楽しむかしか考えていない」

「そ、そうなのか……」


 やっぱりこの世界に妖精っているんだな。

 しかし俺の想像しているものとはかなり違いそうだ。


 俺たちは湖の畔に座り、早速サーシャの作ってきたサンドイッチを食べることにした。

 ユキハから手渡してもらったサンドイッチを頬張りながら湖を眺める。

 しばらく俺たちは黙ってサンドイッチを食べていたが、ふと気になったことをサーシャに尋ねてみることにした。


「そういえばサーシャの全てをもし教えきったら、俺はその後どうすればいいんだ?」


 一年で全てを教えきることは聞いていた。

 が、その後俺が何をしてどうすればいいのかは教えてもらっていなかった。

 神話級の魔法も教わり始め、残るは〈無詠唱〉だけとなった今、彼女の全てを教わる目処が立っていた。

 ようやくその後のことを考え始められるようになって、俺はそう尋ねた。

 サーシャは俺の問いにいたずら気な笑みを浮かべて言った。


「なんだ? この森に残りたいのか?」

「いや。俺は自分の国に帰りたいが。まだ両親に謝れていないからな」

「そうか……。ま、教え終わったら好きにするといい。私はお前を拘束するつもりはない」


 素っ気なくサーシャはそう言った。

 となると、余計に彼女の目的が分からなくなってくる。

 俺に全てを教えて、その後俺に何かをやらせるわけでもないらしい。


「じゃあなんで俺に色々と教えてくれるん――「さて。そろそろ小屋に帰るとしよう。こんなところにいても退屈なだけだ」


 俺の言葉に被せるようにしてサーシャはそう言って立ち上がった。

 思わず彼女の方を見るが、その表情はなんの感情も映してはいなかった。


 こうしてたった一日の休息日はもやもやしたまま終わり、俺は〈無詠唱〉の特訓に移った。



   ***



「無詠唱とは以前にも伝えたが、魔法発動までの演算を全て自分で行うことで成り立つ」


 サーシャはいつも通り、裏庭で俺にそう〈無詠唱〉の説明をしていた。


「その演算方法は何となく理解していると思う」


 確かにサーシャの言う通り、俺は上級魔法、超級魔法と習得していくにつれて魔法発動までの演算方法を理解し始めていた。

 しかし理解するのと実行するのでは大きな隔たりがある。

 俺はそれを自力で全て行うことの困難さも同時に理解していた。


「まあこれは魔法に関するより深い理解と、後は慣れくらいしか解決方法はない。だから何度も何度も繰り返し練習をして、発動までのコツを自分なりに掴むしかない」

「なるほど……。もう教えることはほとんどないということか」

「そうだ。ここからは本当にお前一人の孤独な戦いということだ。どちらにせよ、私の補助なしで自分で考える力も身に付けなければならないしな」


 サーシャは何処か突き放すようにそう言った。

 しかし彼女の言うことはもっともである。

 彼女の知識や技術を全て吸収してしまったら、そこから先は自分で考えていくしかない。

 それがどの程度の知識や技術なのかは知らないが、この世界もかなり広い。

 サーシャの知識や技術では解決出来ないことも多々あるだろう。

 そうなった場合、自分で考える力を身に付けておかないと最悪詰んでしまう。


「分かった。やってみる」

「当たり前だ。これを習得してもらうために、私はお前に全てを教えてきたのだから」


 そうして俺は〈無詠唱〉の特訓を始めた。



 それから時間が経ち、冬になった。

 俺が〈無詠唱〉の特訓を始めて半年近くが経過していた。

 俺はまだ、一切〈無詠唱〉のとっかかりを掴めていなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

恵まれた家系に生まれた無能貴族に転生した AteRa @Ate_Ra

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ