恵まれた家系に生まれた無能貴族に転生した

AteRa

第一章

プロローグ

「ちくしょう……どうしてこんなことに……」


 涙と鼻水で顔面をべしゃべしゃにしながら、俺はスラムの通りを歩いていた。

 左腕は切り落とされ、止血用の布切れは真っ赤に染まっている。

 失血のせいで頭はふらふらで、思考はとりとめもなく纏まらない。


 どうしてこんなことに。

 そんなこと、俺が一番分かっている。

 こうなったのも、全部俺が悪いんじゃないか。


 俺が怠惰だったから、痺れを切らした両親に家を追い出されたんだろうが。


『ジン。お前はもうこの家には用済みだ。出ていけ』


 父にそう言われた。

 家を追い出された。

 最初、俺は何でそんなことを言われるのか、理解できなかった。


 俺は恵まれた家系に生まれた。

 父は英雄、母は聖女で、将来を期待されて誕生したはずだった。

 二十年前の戦争でたくさんの武功を挙げた父は、伯爵の地位を貰った。

 おかげで、俺は生まれた時から伯爵家長男としての立場を確約されていた。


 剣も振れば上手くなった。

 魔法も勉強すれば簡単に使えるようになった。

 みんなそれで褒めてくれた。

 だから慢心していたのだと思う。

 やれば出来るようになるのだから、今やる必要はない。

 それに長男なんだから家を継げるのも確実だ。

 今、努力する必要なんて何処にもない――と、そんな風に考えていた。


 生まれてから十五年。

 立場と才能に胡座をかいて怠惰な日々を送っていた。

 俺が伯爵家長男だから、誰も俺に文句を言えなかった。

 働くことを見下していた。

 俺に対して何も言えないメイドや執事たちを内心馬鹿にしていた。

 お金は湧いて出てくるものだと勝手に勘違いしていた。

 そのお金も、地位も名誉も、全て両親のものだと言うのに。


「ああ……俺はなんて馬鹿だったんだろう……」


 後悔してもしきれない。

 やり直したい。

 幼い頃に戻って、ちゃんと着実に努力していれば、こんなことにはならなかったはずなのに。

 飯を手に入れることがこんなにも大変だったとは。

 生きることがこんなに難しいことだったとは、今まで想像もしていなかった。


 我ながら酷い人間性だ。

 醜いとさえ思う。

 自分自身に反吐が出そうだ。


 両親は謝ったら許してくれるだろうか……。


 ……いや、許されようとしている時点で甘えなのかもしれない。

 俺はこれから両親の力に頼らずに生きていく必要があるのかもしれない。


 俺には優秀な弟がいる。

 俺とは違い、将来を渇望された優秀な弟が。

 ちゃんと努力し、堅実に生きている立派な弟が。

 だから、俺はあの家には必要ない。

 跡継ぎとしての価値すらないのだから。


 何だか寒くなってきた。

 血液が足らないのだろう。


 ……もうすぐ死ぬのか、俺は。


 反省も償いも出来ないまま、俺はこのまま息絶えるのか。

 ……それも良いかもしれない。

 このまま息絶えれば、俺はこの息苦しい罪悪感から逃れられるかもしれない。


 ああ……それが良いな……。


 そう思ったら、生きる気力を失ってしまった。

 体が冷えていく速度が増していく。


 このまま……死ねれば……俺は…………。



   ***



 結果として、俺は何故か生きていた。

 何処とも分からないベッドに寝かされている。

 血は止まっていて、まだぼんやりとするが痛みはない。

 腹が減っていて、ずっと腹の虫が鳴っていた。


 それから――


 俺は前世の記憶を思い出していた。


 万年平の会社員だった。

 自分の意思を持たず、何事においても才能がなく、人に良いように扱われて、不必要な仕事ばかりして――

 人一倍真面目で、人一倍努力をしてきた人生だった。

 やってと言われた仕事だけを淡々とこなし、その仕事は全て命令してきた人間の手柄になった。

 当時はそれで良かった。

 若さがあった頃はそれで何とかなった。

 しかし、年齢とともに体力が追いつかなくなっていき、仕事が回らなくなって、突然クビを切られた。


 仕事をなくし、再就職先を探そうとしていた時、かなり重めの病気を患った。

 入院費や医療費をなけなしの貯金から切り崩し、何とか治療を終えた頃には貯金は底を尽きていた。

 家賃も払えなくなり、家を失い、行く当てがなくなって、俺はそこで病気が再発して息絶えた。


 努力してきた結果がこれか。

 真面目だった結果がこれか。


 俺は死ぬ間際にそう思った。


 生きるために強い意志を持たなければならない。

 生き残るには力が必要だ。

 力を得るには努力するしかない。

 そのことを人生の最期に学んだ。


 だから……先ほどまで生きることを放棄しようとしていた自分自身が許せない。

 何としてでも生き延びなければならない。


 ――努力して強くなるんだ。


 運良く、今の俺には才能がある。

 これを生かさない手はない。

 やれば出来る、だから今はやらない。

 そんな甘えた考えは捨てて、今すぐにでも生き残るための力を手に入れなければ。


 右手を上げた。

 ボロボロの右手が目に入る。


 伯爵家としての権力を振りかざそうとして、スラムを牛耳る闇ギルドにフルボッコにされてついた傷だ。

 左腕ももうない。

 人生のどん底だ。

 街のスラムにすら居場所がないだろう。

 でも、ここから這い上がるしかない。

 生き残るためには、どうにかして逆境に打ち勝てるほどの力を手に入れるしかない。


 今度こそ、努力して報われる人生を送るためにも――。


 そう決意を新たにしていたら、部屋の扉が叩かれた。

 そういえば俺をここまで運んでくれた人がいたはずだ。

 おそらく扉をノックした人が、俺を運んでくれたのだろう。

 この恩は必ず返さないとな。


 そんなことを思いながら扉の方に視線をやる。

 遠慮がちに開かれた扉から顔を覗かせたのは、一人の美しい少女だった。

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