07 09/01 00:30
光が二人を包んだのと、ヨシダが最大魔法を放ったのは同時だった。彼の中の魔力を全て、純粋な破壊の力に変え放つ、極大の破壊魔法。異世界では魔大陸の半分を塵と変えた技。ヨシダ自身が【
【
瞬時にキャンセルされ、雲散霧消した極大破壊呪文が、夜空を焦がすことはなかった。
やがて、魔法陣と詠唱を無限に周囲に描画しながら、二人は、あるいは、一人は歩いた。ヨシダは詠唱の一部を見て、自分の運命を悟った。そして思う。ああ、負けたんだ。
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バグぴ=アマネは、言った。
「……まだやる?」
騎士係数、無限。
融合し、一つの存在となった詠唱者にして観測者は、穏やかにほほ笑んでヨシダを見た。ヨシダは自分の運命を強烈に感じながらも、敵愾心と憎悪、生まれてからずっと大切に燃やしてきた敵意の炎と共に、そいつを見た。よくよく見た。
だが、見れば見るほど、よく見えなかった。
男か女かは分からない。男に見える時もあれば、女に見える時もある。身長百五十センチのアイドルじみた格好をした美少女に見えた次の瞬間、二メートルを超す角刈りの軍人にも見えた。中肉中背の女子大学生に見えるし、車椅子の老人にも見える。歩いているように見えたし、読んでいるように見えたし、歌っているようにも、踊っているようにも見えた。そのすべてであり、そのすべてではなかった。上半身が魚の時もあったし、下半身が蜘蛛のこともあった。
格が……いや。
次元が違う。
ヨシダの脳裏に、そんな言葉が、文字通りの意味で浮かんだ。
二次元の世界に生きる知性がいたとしたら、三次元に暮らす生物について、理解は不可能だろう。同じように、三次元に暮らす知性――自分が、この生き物を理解できることはない。そう思った。四次元、五次元、六次元……あるいは十一次元? それさえわからない。
「ふーん……完璧に融合するとこうなるのか……いや、素体の問題か? あるいは……ああ、魔法使いと騎士だから、という可能性もあるか。量子魔法は、高次元への扉とも成りうる……というか、おそらく、そのための技法……」
油断なくヨシダを見つつ、同時に自分の体をしげしげと眺め、心底興味深そうに呟くそいつ。見ているだけで頭が狂っていきそうだ。姿形も、時間も空間も、この存在にとっては、おそらく、意味がない。そして。
戦ったところで、きっと。
ヨシダは思う。
きっとまた、踏みにじられるだけだ。
オレがされてきたように。
オレがしてきたように。
その味を思い出し、
ここからは……主人公がピンチになる表現が含まれます!
「だから…………なんだってんだよォッッッ!!」
絶叫し、鉄剣を振りかぶって突撃した。量子魔法で組み上げた数百の身体強化呪文、武器強化呪文、そしてそいつが何重に量子魔法を組み上げたところですべてキャンセルできる対抗感知型の【
音速を超え、ソニックブームを発しながら、数兆度の灼熱と化した鉄剣を、そいつの首を飛ばすべく、ヨシダは肉薄する。地球での記憶、異世界での記憶、ラプラシアとの思い出、すべてを、鉄剣に込め振るう。そして、気付いた。
友だちを、殺された。
だからオレは今、剣を振るってる。
ああ、あー、ハハッ、ハハハハハッ。
オレは今、生まれて初めて、正しいことをしてる。
しかも、それを、やりたくて、やってる。
ああ、オレの人生は、きっと。
この瞬間のためにあった。
キン。
硬質な金属音がして、その瞬間は終わった。
屋上から落ちていったはずの、バグぴが作り出した流麗なシルエットの剣が、転移魔法を経たのかそいつの手に握られていて、ヨシダの鉄剣を真ん中から、叩き折って止めていた。不思議な青い光を放つその剣は、まるきり、主人公サイドが持っている剣、という感じがして、笑いそうになった。
「……あんたは、ここで、終わりだよ」
どうしてか、少し残念そうにそいつが言うと、剣が閃き、光の線の残像を見せながら、実体は見えなくなった。けれど確実に、音がした。心臓と脳を、その剣が突き刺した感触がして、そこで意識も断ち切られた。
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:刺したのに血が出てない!? :え、殺したの殺してないの? :現実の裏にあるっつー魔力器官だけ破壊したってことじゃない?
:合体した!? :合体(意味深) :融合? :TS!TS! :Fusion!! :【悲報】アマちゃんとバグぴ合体 :ころすころすころすあまねころすころす
ヨシダを倒したことよりも、自分たちが合体したことに対するコメントの方が多いことに少し、苦笑いが出た。どうするか少し考えて、言う。
「はい、そんなわけでラスボス戦は勝利! 今日の配信はここまでにするね〜、バイバーイ!」
と、配信を終了すると。
再び黄金色のオーラが二人を包んだ。徐々に薄れゆくオーラの向こう側で、世界が静かに元の姿を取り戻していく。やがて、二人は元の形へと分かれていた。バグぴの左手も、何事もなかったかのように元に戻っている。
二人はぼんやりと互いの顔を見つめたまま、しばらく言葉を失っていた。融合していた時の感覚、二人の意識がひとつだった、あの途方もない広がりの感覚。すべてを分かち合ってしまった後の強烈な喪失感が、胸の奥を締め付けている。
こんなにも深く、誰かを理解できることがあるなんて。
こんなにも深く、自分を理解できることがあるなんて。
そこから引き離された今、強烈な寂しさとともに、それ以上に強い想いが胸を締めつけている。
「なあ、あの……」
バグぴが珍しく戸惑いを滲ませて声を出すと、アマネは優しく笑いながら首を振った。
「ううん、わかんなかったよ。ほんとに、君の記憶……綺麗にどっかに行っちゃってたね」
アマネの顔には、不思議なほどの安堵が浮かんでいた。それを見ると、バグぴの胸の奥が温かく疼く。自分でも、その感情の正体がよくわからない。
「……なんか、フェアじゃないな」
「フェア?」
「だって……僕は、君が生まれて初めて書いた小説のことまで、知っちゃったんだぜ」
少し困ったように笑うと、アマネは照れたように頬を染め、小さく笑った。
「……あはは、前だったら真っ赤になって『忘れろパーンチ!』ってやってたかもね」
少し視線を落とし、それからアマネは改めてバグぴの顔を見上げる。
「でも……うん……なんか、不思議だけど……嬉しいかな」
二人の間に流れる、少し気恥ずかしくて甘い沈黙。
その沈黙をそっと撫でるように、ベインブリッジの声が柔らかく響いた。
「よおよお、どうだった、おれの世界は?」
いるとは思わなかった場所から、聞こえるとは思わなかった声がして二人は同時に飛び退いて驚いた。
「四十六億年かけてようやく――ようやく、おれの世界にオマエラが、たどり着いた。なんとも喜ばしいね」
ぴゅん、としっぽを振り、ゴロゴロと喉を鳴らしながら二人の足元にじゃれつく。
「べーにゃんの、世界……?」
「まっ、まだまだ入門の入り口のエントランスのゲートってところだが、初めてにしちゃ上出来だよ。魔法の生まれた理由を、オマエラは突き止めたのさ。魔王の力でそれをやるのは、なんとも想定外だったが」
「…………それは、人類が高次元世界、存在へ……」
と問いかけようとして、バグぴは諦めた。この猫がまともなことを言う保証はないし、もっと重要なことがある。とりあえずはまだ、三次元世界に生きる予定だ。バグぴは大きく一つ、息をつきそして、がさっ、と音がして二人は我に返った。
ヨシダが目を覚ました。
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