04 09/01 00:13

 アマネが叫んだコンマゼロ一秒後。バグぴは即座に手印を組む。ベインブリッジは魔法陣を踊り狂いながら瞬時に組み上げそして――




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文字列string 詠唱chant =

  "虚ろの船よnull ship、" +

  "永劫を渡りwhileTrue HALT、" +

  "沈黙を歌え@ECHO OFF。";


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 量子魔法第四呪文【永劫観測ゼノン・ロック】が群青色の稲妻となって吉田にほとばしる。だが吉田はうろたえることもなく、手印を組む。革鎧の内側からどこかで見たことのある光があふれ出し、そして、彼の周囲にも魔法陣が組み上げられていく。よくよく見れば猫は彼の隣にもいて、尻尾を扇風機のように回しながら詠唱を積み上げ――


虚ろの呪よnull spell、/擾乱を注ぎinjectNoise、/沈黙を歌え@ECHO OFF。〉


 青い雷光となって迸った【永劫観測ゼノン・ロック】は、量子魔法を打ち消す量子魔法【現実への堕落デコヒーレンス】に捕らえられる、縮まり、かすれ、ブレ、かき消える。煙一つ残さず消えた自分の必殺の呪文に、バグぴは舌打ち一つ。そして、予想通りの展開にもう一つ、舌打ち。




 ヨシダは量子魔法を習得してきている。




:量子魔法使えるってことは、もう一人いるってことかよ!?

:どゆこと?

:古典魔法とは違って、量子魔法の発動には観測者が必要。バグぴならアマネ。今ヨシダが量子魔法を使ったってことは……この前の女がどっかにいる?




 ――ラプラシアの悪霊に取り憑かれている――




 会議でのルフィアの言葉が蘇り、思わず、苦く笑ってしまった。しかし、やりようはある。手印を刻んで空中戦用古典魔法【Vareth Thulon空の舞】を起動。


「マックスブシドー!!!」


 叫びと共にアマネが屋上を蹴り、空へ駆け上がった。バグぴからの支援魔法で空を飛びながらの戦闘訓練なら、ルフィア相手に何度もやった。技名チックな掛け声もコメントで好評だったやつを採用したし、今の自分には恐れるものなんて――




「初手で死ぬか」




 ぞわりッ。




 吉田の呟きは、戦闘の最中にあってはっきり、聞こえた。それで全身に鳥肌が立った。


 ぶらん、と脱力した体は猫背気味。

 右手に下げた剣ふらふらと揺れ、一見、頼りなく寄る辺ない。

 だが彼の目ははっきりとアマネを見据え、冷たい色を浮かべていた。

 その色は雄弁に物語っている。


 ああ、なんだ、すぐ片付けられるな。


 左手が手印を結ぶ。

 彼の背後に詠唱が浮かび上がる。


 だが――それがどうした、殴るまで。武士道は全開だ。


虚ろの賽よnull dice、/因果を欺きbypassCausality、/沈黙を歌え@ECHO OFF。〉


 ぶんっ、低周波のうねりめいた音がアマネの皮膚をくすぐるかのように響き、ヨシダの体の輪郭線が一瞬、歪んだ気がした。だが、やはり、それがどうした!?


「だっしゃぁぁぁ!」


 雄叫びを上げて思い切り右正拳。顔面中央に向かって打ち抜き、突き抜けろとばかりに振り抜き――正拳はヨシダの頭を突き抜け、なんの感触もしなかった。


 は? と息を漏らす前。


 ブンッ!


 空気を裂く乱暴な音と共に、ヨシダの鉄剣が宙を舞う。だがアマネの背後、屋上のバグぴからレーザーじみた白い光線が飛びヨシダの視線を潰し剣の切っ先が揺れる。アマネは宙を蹴りバックステップで鉄剣を回避。


 屋上で目眩ましの光線魔法を放った直後、バグぴは気付いた。ヨシダが使ったのは量子魔法第五呪文、【神のサイコロのイカサマオッド・ラック・トゥ・ユー】。肉体を好きに、物理無効にオン・オフできる最大のチート呪文。


「どうした、来ねえのか? ……なら」


 ニヤニヤ笑ったヨシダがそう言って、アマネが何か答えようとした瞬間。ヨシダが背後に爆炎を轟かせ、その勢いと共に襲いかかってくる。


「ほら、ほら、ホラホラホラホラどぉオーーーーーしたよ、なあ!? 少年少女だろォ!? 主人公とヒロインだろォ!? 世界の敵を、倒してみろよォ!?」


 剣戟がアマネを襲う。アマネは避ける。ヨシダは重ねる。さらに避ける――しかない。これがヨシダの振るっている剣でなければ、視聴者百人を超えた今なら、腕で受け止めることも可能だろう。しかし武骨で不吉なヨシダの鉄剣は、かすっただけでもきっと大惨事だろうと分かる。そこに込められている破壊力が、見るだけで伝わってくる。


 しかし。


「拳道ッッ!」


 叫びと共に右上段からの袈裟斬りを半身になって前髪数本の距離で躱す。斬られた前髪が舞い落ち、まだ顎先辺りを漂っている内。流れる水のような動作でヨシダの懐に一歩踏み込み、右正拳上段突きをカウンターで顎へ。今度は、ヒット。




:物理透過相手必勝パターン!

:こっちに攻撃を当てる時は実体化するよなァ〜!?

:ってだからどこにヨシダの騎士がいんのこれ!?




 バグぴは、ヨシダの背後に一瞬だけ視線を送る。無数に浮かぶ魔法陣と詠唱の中、目的の行を確認する。ヨシダが使う呪文の騎士係数は、1.000000。理論値。量子魔法の質、威力では、勝てない。


 ……まさか、ホントに、悪霊憑きと戦うとは……


 今のヨシダは、ラプラシアと共にいる。

 高速で思考を巡らせる。このままではいずれ物量、パワーの差を押し付けられて負ける……


「ヒッ、ひひヒヒヒっ!! なあヒロインさんよォ!! その調子じゃあ薄い本エンドだぜェ!? ちゃんとよォ、エンドロールにたどり着いてくれよマジでタイアップの主題歌流れねェだろォ!?」


 顎に一撃入れられても、ヨシダは大してダメージを受けた様子を見せなかった。それどころか笑い、剣戟を加速させる。


「言って、ろ……ッッ……くッ……!」


 ヨシダの剣撃を全て躱す必要があるアマネに比べ、ヨシダは、多少はアマネの拳撃を受けられる。均衡はすぐにも崩れてしまいそうだ。それなら。


 想定パターン、三番。


 事前に用意していた作戦の内、適切なものを選び出し、手印を構える。大きく息を吸う。




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Sarnor narサルノル・ナール, thuron sarnorスロン・サルノル

《歌よ響け、夜の歌よ》


Umthil sarnorウムシル・サルノル, nar thuronナール・スロン

《沈黙の歌よ、夜に響け》


Sarnor thulamサルノル・スラム, thulom narスロム・ナール

《詩は溶け、音は枯れ》


Varen umthilヴァレン・ウムシル, guron om-narグロン・オムナール

《楽師は消え、楽器は寂れる》


Ohtar sarnorオフタール・サルノル, marun sarnorマルン・サルノル

《しかし戦は歌い、鎧も歌う》


Thar-guron sarnorサルグロン・サルノル, Marnol sarnorマルノル・サルノル

《弓が歌い、剣が歌う》


Ayar thuron umthilアヤル・スロン・ウムシル, narナール

《ああ、夜の沈黙の歌よ、響け》


Marnol thuron umthilマルノル・スロン・ウムシル, sarnorサルノル

《夜の沈黙の剣よ、歌え》



Sarnorサルノル Marnolマルノル Thuronスロン Umthilウムシル

《夜の沈黙の剣の歌》




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 そして、一振りの剣が、そこにあらわれた。柳の葉のように流麗な刃を持つ、薄く青く輝く長剣。


「三番!」


 叫び、再び手印を刻む。


 攻防の中、バグぴの声を聞いたアマネはにやりと笑い、大きく右拳を振りかぶる。至極単純な殴打の態勢。あからさますぎるそれに鉄剣での刺突を合わせようとしたヨシダは次の瞬間――アマネの手の中にあらわれた剣を見――


「魔剣道ッッ!」


 肩口を大きく抉られた。組み上げた重唱でバグぴが、剣をアマネの手中に転移させたのだ。


:入った! :三番入った! :封印入った!


 訓練中も配信に付き合っていたコメントが湧く。視聴者たちはこの剣が、斬りつけた相手の詠唱を封じる、魔法封じの剣だと知っているのだ。


「……あぁ〜ン?」


 だがヨシダは軽く笑い、左手の骨をパキパキ、コキコキ、鳴らす。すると彼の体から無風の衝撃波じみたものが吹き付け、アマネが軽くたたらを踏む。次の瞬間、ヨシダの傷口が緑色の光に包まれ、一瞬で癒える。治癒魔法。


「なんか勘違いしてるようだから、言ってやると、だな」


 ニヤニヤ笑いを顔に貼り付けたまま、アマネから離れ、屋上に着地するヨシダ。無遠慮に、無警戒に、無造作にバグぴの元へ歩み寄る。アマネが剣を手に駆けつけるが、それまでの善戦が幻だったかのように、左拳の一振りで横跳びに跳ね飛ばされ、屋上の地面を転がり、手すりに叩きつけられた。足元に落ちた剣は無残に転がり、ビルから落ちていく。


「こういうこともできるし」


 魔法陣と詠唱がその場を埋め尽くし、彼がやってきた時の黒い穴が、目の前に開いた。ヨシダは無造作に穴の中に手をいれると、数秒、ごそごそとやり、ぎゅぽん、と場にそぐわないコミカルな音をたて、何かをつまみだした。


 穴から出てきて、足首をつかまれ、宙にぶら下げられたΩ7は、状況を把握するなりスカートの中から拳銃を抜き、至近距離で正中線上に全弾、撃ち尽くした。銃声がバグぴの耳をつんざく。


 だが、Ω7は息を呑み、顔を歪ませた。

 銃弾は全て、ヨシダの眼前で、静止している。


 くすくす笑うとヨシダは、鉄剣でΩ7の拳銃を握る右手を腕ごと切り飛ばし、ゴミくずのようにそこらに放り投げた。血飛沫と腕と一緒に銃弾も、パラパラ、カラカラ、転がった。




 ルフィアの転移封印結界に、魔封じの剣……数週間かけ準備した策は、一つも、功を奏してはいなかった。




「こういうこともできる。格が違うんだ、シンプルに」


 吐き捨てるように言うと再び歩く。


「……なのに、なんでオレが、こんなことしているかというと、だな」


 バグぴの、一挙手一投足の間合い。


 彼の顔が、よく見える。






「オマエに絶望してほしいんだよ」






 ピタリ。鉄剣が、バグぴの喉元に押し当てられる。




「手始めに二億回殺して生き返らせる。狂っても治してやるから安心しろ。ただまあ、反抗心を持たれたままだとめんどくせえからなァ、わざわざこんな手順を踏んで、丁寧に心を折る準備をしてるわけだ、ざまあには下準備がいるだろ」




 心の底から楽しそうに、クスクス笑うヨシダ。




 自分を絶望させたい、と言った割には、まるで敵意の感じられない口調だった。憎しみの籠もっていない言葉だった。憎しみを押し殺して軽口を叩く恐怖、みたいなのを演出するためにやっているのかとも思ったけれど、違った。


 これは、人間がやってることじゃない。

 機械と同じだ。


 ――僕と同じだ。


 大切な人を殺されたら、そう動くように自分を組み上げた。そういう人間にならなかったら、生きていけなかったから。

 だから、言葉は届かない。意味がない。スマホに土下座しても、動作は何も、変わらない。


 こうして実際に言葉をかわすまでは、ひょっとしたらなんとかなるかもしれない、なんて甘い期待を抱いていたけれど……それが叶わないと知って、バグぴは、背筋が寒くなった。言葉が届かない、とは、なんてさみしいことなんだろう。


「さ、どーする?」


 どこか、興味深そうな顔で尋ねるヨシダを、見つめる。穴が空きそうなほど見つめ――結論を思って軽くため息をついた。




「……どうするもこうするも、決まってる」




 言葉が届かないなら。




「ナメんじゃねーぞチート野郎ッッッッ!!!」




 アマネが、全身に黄金のオーラを纏い空を舞い背後からヨシダを殴り倒した。






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