08 理由

【side:吉田一郎】


 何をどれだけやっても、オレの不安は消えなかった。


 ラプラシアのいなくなった王城は、何をしても寒々しくて、誰といても楽しくなかった。鬱々と塞ぎ込み始めたオレをハーレムの面々は心配してたが、どうでも良かった。今さら、セックスさえできればオレみたいな人間でも人生を楽しめるようになる、なんて信じてた童貞の頃には戻れない。


 それで、ハーレムの面々が玉座や寝室に入ってこようとするたび蹴り返してたけど、ただ一人だけ諦めずに傍にいようとする奴がいて、オレも諦めて、そいつを隣に置いてた。たしか、奴隷商から買った獣人だったと思う。猫ベースの耳や尻尾の触り心地がよくて、おっぱいに埋もれたりするより落ち着いたから、そいつを近くにおいて、ずっと撫でてた。


 そして、一ヶ月と少し。


 その光が、王城を照らした時。


 オレには、わかった。その光がラプラシアで、アイツがようやくこの異世界に帰って来たんだって。我ながら少し、笑ってしまった。どれだけおれは、アイツを待ち焦がれてたんだろう。


 けど、予定じゃあいつは、ゲートを開いてオレを地球に招き入れるはずで、それを思い出して、オレはまた、不安に襲われた。


 光は、まるで宗教画の啓示みたいに、玉座の間のステンドグラスを突き抜け、オレに降り注いだ。そしてオレはまた、思い出す。【FTLぶちやぶる】は、光速を超える、ってだけで別に、光に姿を変える呪文じゃない。


 けど、その光は、たしかに、ラプラシアだった。どうしてオレがそう思ったのかは分からない。けど、そう思ったんだ。あの時オレは、たしかにあの光が、ラプラシアだとわかってた。


 オレを照らした光は、まるで意志を持ってるみたいにオレの体の周りを、ぐるぐる、回った。不思議に思って玉座から立ち上がり、右手を差し出す。すると光は猫みたいにオレの手に寄り添って、爪の間から、関節から、皮膚から、オレの中に入った。


 その瞬間。


 オレの中で、ラプラシアがはじけた。


 アイツの記憶が、思いが、知識が、技術が、ラプラシアのすべてが、オレの中に満ちていった。


 体の中で起きた概念の爆発に耐えきれず、オレは膝をつく。けど、それはダメージを受けたからじゃない。


「ヨシダさま……!? ヨシダさま!? ど、どうしたんですか!?」


 獣人奴隷が駆け寄ってくるが、オレは手を払う。


「ひとりに、してくれ」

「で、でも、ヨシダさま……! とっても、くるしそうで……」

「……いいから……ッッ!」


 喉から絞り出すように声を出すと、奴隷はビクビクしながらも奥へ引っ込んでった。




 玉座の間に残されたオレは、はっきり、わかった。




 この光は、ラプラシアそのもの。

 死の間際に彼女が、自らの肉体を生贄に捧げ、自らを情報を宿した光に変え、オレの元に戻ってきたのだ。


 地球で掴んだ新たな魔法のことを、オレに知らせるため。オレに、自分のすべてを、託すため。


 異世界で掴んだ情報、今までの記憶、すべてが、オレの中ではじけ、暴れ、頭が割れそうに痛む。


 頭の中で、彼女が、最後に、オレに残した言葉が流れる。






量子魔法の世界には何が待っているのだろう、世界の魔法の何もかもを知ったと思っていた自分は、まだほんの、山の入り口に立っていたに過ぎなかった、ああ、この山を登れば、何が見えるのだろう、何がわかるのだろう、この山を登ればようやく、何もかもわかる瞬間が訪れるのだろうか、世界がこうである理由が、自分がこんな風に生まれてしまった理由が――ああ、楽しみで、楽しみでたまらない、嬉しくてたまらない、仮説をたてなければ、実験をしなければ、考えなければ、誰よりも深く、長く――長く――――長く…………ああ、そうか、死ぬのか、私はもう、考えられないのか、ああ、そうか、それは、残念だ、ああ……でも…………ああ、ヨシダ、お前なら…………私が生きてきて、はは、おかしな話だ、オマエだけがきっと、人間だった、人だった……なあ、ヨシダ、オマエなら、きっと……きっと、オマエの、欲しいものを……ずっと探していたものを……ああ……ヨシダ…………ずっと……見てる、から…………オマエの、なかで……だから、魔法の……つづき……みせ……て……






 気付くと、オレは床に手をついていた。王冠が頭からこぼれ落ちて、がらんがらん、と空っぽの玉座の間に、むなしい音が響いた。そして、オレは気付いた。ようやく。




 ああ。


 なんで。


 なんで、いつも、こうなんだ。




「オレは…………オレは…………ラプラシア……僕は……」




 なくなってから気付く。


 なくしてからわかる。


 やり直せたらなんて思う。




 視界がぼやけていた。オレはぼろぼろ、自分が迷子だと気付いた幼稚園児みたいに泣いていた。




 やり直せることなんて、ないって、わかってるのに。なのに。なのに、もしやり直せたらきっと、なんて光景が、頭の中に浮かんで。




「……………………とっ…………ともだちが、ほしかったんだ…………っっ…………っ……ずっと……ずっとっ……」







 それからオレは、すべての時間を、地球を滅ぼす準備のために使った。ラプラシアが持ち帰った量子魔法の情報から、それを再現し、それで地球とのゲートを繋げ、オレ一人で地球を滅ぼすため、人類を皆殺しにするため。




 何よりも、ラプラシアの記憶に焼き付いている、二人のガキを殺すため。




 友だちに、花を供えるため。

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