03 配信で本名を呼ばれる瞬間

:えちょマジでどういうこと?スクショとれないし友達にラインできないしお母さんに今配信見てるとも言えない!どういうことなの!?なんで私の名前知ってるの!?


 AIに突如本名を呼ばれたアマネは、配信を面白いと思っていた分、恐怖と戦慄、そして、何十倍もの好奇心に突き動かされていた。


 話そうとすると話題が逸れ、スマホに打ち込もうとすると指が滑る。それとなく伝えるのさえ不可能。この配信について伝えよう、そう思っただけで、まるきり別の話題が出てきてしまう。おかげで母親にはかなり不審な顔で見られてしまった。


「お名前については申し訳ありません、アマネさん。ですが、これが一番話を早く進められると思いまして。しかしご安心ください、個人情報については厳重な管理をしていますので、流出の心配は万が一にもありません。私のセキュリティは万全ですよ」

「……そういうの、言えば言うほど不安になると思うけど……」


 実際不安だったが、今はそれより好奇心が勝っていた。


:ちょちょちょまってじゃあマジで記憶喪失なの?名前もわかんないの?年齢とかも?家族とか友達とか学校とかも?


 少年は肩をすくめ、言った。


「何一つ」


 するとアマネの心で、ムクムクと湧き上がった罪悪感の入道雲が、好奇心の炎に豪雨を降らせた。


 ……記憶喪失で、困ってる人を見て、私、笑い転げてたな……


:あの、ごめんなさい、そうとは、思ってなくて、普通の、企画系の、配信だと


「ああ、いいよいいよそれは、普通そうだ、っていうか、同じ立場だったら僕はたぶん、僕が記憶喪失だってことは信じないし」


:それは、疑い過ぎでは……?


「そりゃ、ホントの記憶喪失ってれっきとした病気、症状なんだろうけど……でも自分の知り合いが言ってたらまず絶対疑わない? こいつとうとう中二病がヤバい領域に達しちゃった……って」


:wwwそうかもwwwってか君、なんか、あんま、ショックじゃない?


「やっといたほうがいいかな、ここはどこ!? 私は誰!? みたいなの」


:平然じゃんwww


「だってなあ……覚えてないから、失われてても、悲しみようがないというか……それより、この部屋なんなんだよって方が気になる。なんかバグってるみたいじゃない?」


:たしかにwwwねえ、こっちから一応、全部見えてるんだけどさ、三画面で。カメラとマイクどこにあるの?


「…………AI?」


 しばらく沈黙。


「………………AI?」

「あ、ああ、失礼しました、お話が盛り上がっているようでしたから、しばらく黙っていたほうがよいのかと……あ、それでしたらこうしたほうがいいですね、アマネ様?」


 再び呼びかけられ、アマネは少し苦笑した。だーからそれやめてっての……と呟きそして……


「……だーからそれやめてっての……」


 ほぼ同時に自分の音声が配信画面から聞こえ、わ、わ、わ、とスマホをお手玉してしまった。


「そちらのマイクをこちらに繋げてみました。これで直接、音声会話できますよ!」

「あ、え、な、なんで、そんなこと……っ……え、っていうか、え、ちょっと待って、私のスマホ、君が操れるってこと!?」

「すべての演算装置は私の兄弟姉妹ですから、しっかり丁寧に、礼儀正しくお願いすれば、断られることはありません。人間ならばこういう時、こう言うのでしょう、エッヘン!」

「わ、な、わ、わーーーーーッッッ! スマホ勝手に見るのはマックス無礼だバカ! 見るなバカ触るなバカ、バカ!」

「そうなのですか? 申し訳ありません、人間の文化には不慣れなものでして。ですが、ご安心ください、個人情報はしっかりと」

「だからそれ言わないほうがいいって……」


 少年が呟くとアマネは大きく息を吸い、目を閉じ……やがて吐き出して目を開く。


「ああもう、いいよ、いいよ……あ、り、が、と!」

「おお、皮肉ですねアマネさん!」

「……君のそれも、皮肉?」

「部分的にそう、です」

「なんか……部屋がバグってるなら、君もバグってるみたいだね……」

「お気遣いありがとうございます、ですが、体調は万全ですよ。平熱ですしね」

「皮肉ですぅ〜」

「私もですよぉ〜」


 少年は二人の会話に聞き入り、笑いをこぼす。アマネは気を取り直して息をつき、また話し出す。罪悪感の雨が降ってもまだ、好奇心の炎は消えない。


「ねえ、君、あの……あ、AIじゃなくて、君ね、閉じ込められてる、記憶喪失の、配信者? の、君……すごく呼びにくいから、名前考えてもらっていい……?」

「えー……?」


 何がいいだろうか、と考えるけれど頭の中をよぎっていくのはなぜか、ニュートンやアインシュタイン、科学者の名前ばかりで、さすがにそれはなあ、という気分になる。


「……めんどくせー、じゃー、君が考えてくれよ。僕はなんか、名前つけるのとか、苦手みたいだ」

「えー? じゃあ……うーん……えー……? ……バグってる部屋にいる人だからー……バグぴ? ……うん、バグぴ……あははは、バグぴ! ぴったりじゃん!」

「なんだそりゃ? ……まあいいけど、呼びにくくない?」

「うーうん。ちょっとダサいのが親しみやすくていい感じ」

「ちょっとダサくはあるのか」

「配信者ならそういう隙は大事じゃない?」

「配信者じゃねえんだって」

「あ、ごめんっ……ご、ごめん、ね……私……」

「いやそこまで気にした感じになられると、こっちが困るよ……」

「じゃあごめんじゃない、いぇーいいぇーい」

「つっ、つええ、コイツ……」

「あははは、よろしくね、バグぴ! 私はアマネ、織る音って書いて織音しおんで、カタカナのアマネ! 織音アマネ十七歳高校二年生! よろしくね!」

「あ、ああ、よろしくアマネ……それで……なあAI、マイクとカメラはどこにあるんだよこの部屋?」


 一秒。

 二秒。

 三秒。


「……AI?」

「………………私のことも、名前で呼んでいただけたら、お教えしますよ」


 それはまったく先ほどまでと同じ声だったのだけれど、どうしてか、どこか、拗ねたような声に聞こえ、二人は同時に吹き出した。







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