#14 変わる関係、変わらぬ理想
玲との関係性が変わり数日が経過した。
朝を同じ食卓で一緒に食べ、登校時には肩を並べて歩き、下校時も予定が無い日は一緒に帰る。何をしようにも基本的に俺に引っ付き、家じゃわざわざリビングのソファーに陣取っては俺の動向を監視するみたいに時折こちらへ視線を送る。
こうしてみるとまるで昔に戻ったみたいにも思えるが、明確に違う点もある。
それは心の距離。
確かに玲との物理的な距離は妙に近くなった。だが話すことが無ければ俺達は基本話さずに無言を貫いている。同じ時間を同じ場所で共有しても、それ以上は干渉し合わない。ただこれまで兄妹として失った時間を埋め合わせるかのように、近くで日々を過ごす。
そんな感じで過ごして一週間もすれば、後ろの席で俺の事をよく観察している小宮にのっぺりとした声でこう言われた。
「新四谷さ、最近なんか妹と良くいるけど……関係改善した?」
「……まあそんなところだな」
「ふぅん。高校生にもなってよく仲直りできたじゃん。私も分かるけど、難しい年齢でしょ」
「小宮と同学年だぞアイツ」
「知ってる。でも近い歳で異性の兄妹だと一度仲拗れると元に戻るの難しいじゃん。どうやったの?」
「色々あったんだよ。本当に色々だ」
「色々ねえ」
小宮の言葉はそこで切れたが、その後も明らかに興味ある様子で俺を眺めていた。
何処か含みのある視線だと思ったが、小宮は去年同じクラスだったとはいえ玲とは別に仲が良かった訳じゃないらしい。きっと俺が日常生活の変化に適応できず視線に敏感になって勘違いしているだけ。それでも敢えて言うなれば、傍目から見ても俺と玲の関係性の変化がそれほどまでに明らかだったということかもしれない。
そしてそれは当然のように理想妹である冬佳の耳にも入ることとなる。まあ伝えたのは俺なんだが。
「兄妹契約……私のパクるとかやるね~」
放課後になり、「今日はアルバイトだから先帰っててくれ」と玲に嘘を吐いて来たのは冬佳の住むアパートである。最近の玲はこうして牽制しないとここまで着いてきそうなので、心苦しいながらも嘘を吐いた次第だ。
……玲との関係性も不安定なのに、またああして言い争われても堪らないからな。
冬佳はその話を聞いて「うんうん」と軽く、まるで予想していたかのように聞き流した。
きっと敵じゃないとか思ってんだろうなぁ。兄妹契約という話を聞いても尚、この我関せずといった余裕っぷり。全く牙城が崩されるとは考えていない。実際、冬佳は理想の妹として玲とは違う土台に立っているわけで。なんか、何となく考えていることが分かってきたな。
まあそんなもんなのかねえ、とか思いながら俺は冬佳に視線を向けた。冬佳はキャミソールの上にパーカーを羽織っただけの部屋着スタイルで、ちょうど胸元をパタパタと仰いでいるところだった。たわわな谷間に向かいそうになる本能を殴って慌てて目を逸らしつつ、窓の外に浮かぶ夏空の白い雲を見て俺は気分を誤魔化した。一応、パーカーを着用しているのは冬佳なりの配慮なのだろう。6月も下旬に入り夏が近づく関東平野は今日も今日とて30度の大台を超え、日中気温は34度を記録している猛暑の中だ。本当なら自宅くらいは薄着一枚でいたいはずである。それでも俺が室内にいるからこそ、冬佳は一枚多く羽織って肌色を減らしているのだ。
とか考えていると、ソファーで隣に座る冬佳は俺が会話を聞いていないと思ったのか顔を近づけてきた。
顔が熱いのは気のせい……多分外の熱が熱伝導で伝わって来てるだけだよな、だって俺兄貴だし!
「ねえ聞いてるのお兄ちゃん?」
「あ、ああ。なんだ冬佳」
兄貴としての自覚という気合を注入して俺は冬佳に向き直る。冬佳は多少プンスカした様子だったが、すぐに表情をコロリと変えた。
「私、お兄ちゃん的にはどんな水着が似合うかな?」
「本当に何の話だよ!?」
えへへとはにかみながら笑みを零す冬佳に俺は頭を抱える。
確かに多少呆けてはいたかもしれない、だがそんな話はしてなかったよな絶対に!
「だってお兄ちゃん夏だよ? 海だよ? サマーランドだよ?」
「サマーランドではないと思うが……確かに暑いよな最近」
因みにサマーランドはここから電車とバスを乗り継ぎ二時間ほどかかることを俺は知ってる。テレビのCMに影響されて言ってるだけだろう、たぶん。
「だからさ、体育祭の件もあるし水着なんでも着てあげようじゃないかって思うんだ。妹的に」
「水着……ねえ……」
「おっと。ハレンチ系はダメだからね?」
「考えてねえ、考えてねえから!」
間髪入れずに二度ほど否定の言葉を投げ入れておく。にひひ、とでも言わんばかりに冬佳は口元を上げつつリモコンを手繰り寄せて冷房の温度を下げる。やっぱり一枚多く着ているから暑かったらしい。
体育祭後は色々とありすぎて正直忘れそうになっていたが、元はと言えばアレだけ頑張ったのも冬佳に妹らしい格好をしてもらおうという考えがあったからだ。
俺は水着よりも部屋着の方がライブ感があって良いんだが……。
まあ体育祭も滅茶苦茶活躍出来たかと問われれば微妙なところだったので、これが要求としては限界かもしれない。
団体種目を除けば1000mが2位、100mが5位。
我ながら本当に微妙である。アルバイトに精を出す帰宅部の現実と言えよう。
「でも妹らしい水着つったってなぁ……」
「あれ? そこには拘りないんだ」
「まあな。似合ってれば何でも良いかなとは思うが」
「あのねお兄ちゃん、それは何でも良いってことにはならないんだよ! 口先ではそうは言っててもいざ自分の思っていた水着と違ったら「なんか違うなぁ冬佳の水着」ってなるパターンじゃん、絶対に!」
「えぇ……」
目の前に冬佳の指先が向けられる。丁寧にケアされているピンク色の爪の表面は研磨されているかの如くなだらかで、触り心地の良さそうなスベスベとした指の腹も相まって反射的に握りたくなりそうだ。
俺は冬佳の指から遠ざかりながらも真実を口にすることにした。
「でもな、冷静に考えてみろ冬佳」
「なんだねお兄ちゃん」
「一般的にだな、妹の水着を真剣に選ぶ兄貴って───キモくね?」
「お兄ちゃん───私に幼い服を着せようとして筋トレ始めたのにキモくないってそれ本気で思ってる?」
ぐは…………っ!?
大ダメージに俺は胃を抑えた。
それだけは……それだけはお前が言っちゃ駄目な言葉だろうが!
「お前だってその筋トレのメニューを先んじて作ってたろうが! 何処に兄の栄養管理まで手を入れて筋肉を耕そうとする妹がいるんだ! ああ!?」
「うぐっ……!!」
言い返せば冬佳は怯んだ。どうも異常な行動である自覚はあったようで何よりだ。
よし、これで五分五分である。次の言葉を以ってこの論戦の勝敗が決まる───。
「……なあ妹よ、この戦いは止めないか。同じ穴の狢同士でやっても惨い結末しかない気がする」
「……さんせ~だよお兄ちゃん。所詮私たちはキモがられて当たり前の存在なんだ」
「俺はそこまで言ってないが」
ともかく、何一つ生産性の無い言い争いに終止符を打って、話は戻る。
冬佳の似合いそうな水着なぁ……。
ぶっちゃけこいつ、何でも似合うと俺は思うんだよ。
だって愛嬌がある小さな顔は瞳がまんまるで睫毛は長い、童話のお姫様みたいな顔立ちだ。それでいてモデル体型な高身長に加えて、さらりと潤いのある金髪が腰まで伸びてて、胸元の母性もある。顔立ちの幼さ以外は年齢相応のものを感じさせる、まさに美人の領域に足を踏み入れようとしている美少女と言った風貌だ。
「俺が選ばなくとも冬佳なら何でも似合うだろ。昔から何着せても可愛いとは思ってるし」
子供の頃の冬佳はその可愛さから良く祖母の着せ替え人形にさせられたもんだった。親族の集まりで見ただけだが、大抵祖母から無理矢理買い与えられたフリフリの服とか着てた印象がある。
「そいうことをサラッと言うのは光太の良くないところだよね……」
「はあ?」
「しかも自覚無しとは恐れ入ったなあー。でもアウトー。お兄ちゃんがそうやって攻略するのはクラスメイトとか同年代の女の子相手であって妹はダメー!」
「ちょ、痛っ! 何の話だよ冬佳!」
「お兄ちゃんがナンパ男にならないように躾だよーウリウリ」
腕で頭を抑えつけられて冬佳に肘を押し付けられる。
ちょ、近い近い! 胸とか当たってる!
いやだが妹だ。
落ち着け俺ー落ち着けー。よし、落ち着いた。
「事実だろうが! 興奮すんじゃねえ冬佳!」
「こ、興奮とは失礼だよ! 何で妹がお兄ちゃんに興奮すると思うの!」
「興奮してるだろ! じゃなきゃ俺の頭頂部にめり込んだ肘鉄はなんなんだ!」
「……いやそういう意味じゃないって言うか」
真意を図りかねて俺が首を傾げていると、やがて冬佳は顔を赤くした。
そういう意味じゃないって……待てよ、もしかして俺が口説き文句を口走ったと勘違いしてるのか?
その可能性に思い当たると流石に言葉が直ぐには出て来ず、微妙な沈黙が場を包む。
「と、とにかきゅお兄ちゃん、プール行こ! 仲良く! 兄妹らしく!」
「そ、そうだな! 兄妹らしくな!」
10秒して、甘噛みしながらも時を動かした冬佳の言葉に俺は乗った。
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