第4話 「いなかった」日のこと

「え?蒼介くん? 今日休みでしょ?」

昼休み。

購買帰りの教室で心優が何気なくそう言ったとき、私の手がぴたりと止まった。

「へ?……休み、なの?」

「うん。朝の出欠、先生『体調不良』って言ってたよ?」

「……そっか」

パンの袋を握ったまま、私は少しだけ黙った。

私の中で、さっきの記憶がゆっくり巻き戻っていく。

──1時間目が始まる前。

廊下で、蒼介らしき後ろ姿が角を曲がっていくのを見た。

確かに見た気がする。

「どうしたの?」

「……いや、なんでもない。見間違いかも」

そのままパンをかじって、窓の外を見た。

でも、視界のどこにもあの背中はいなかった。


次の日。

蒼介はいつも通りの場所に、いつも通り座っていた。

昨日が、なんでもなかったかのように。

「ねぇ、……昨日、休んでたよね?」

私が声をかけると、彼はほんの少しだけまばたきをした。

「そうなんですか?」

「え、そうなんですかって……あんた、自分のことじゃん」

「すみません、あまり記憶がなくて」

「ええ!?いやいやいや、怖いって」

「単に、寝てたのかもしれません。もしくは、『観測されていなかった時間帯』だったのかも」

――それ、冗談のつもり?と聞こうとしたけど、蒼介の顔は、冗談を言う顔じゃなかった。

「……私、昨日、見た気がするの。廊下で。後ろ姿だけだけど」

蒼介は少しだけ黙って、それから言った。

「ならたぶん、いたんでしょう。あなたがそう観測したなら」

それきり、彼は前を向いた。

いつものように静かで、どこか遠くて、近づけたと思ったらすぐにどこかに消える人。


「……なんか、むかつくなあ」

その日の放課後、私は屋上の柵にもたれながら、空に向かって独り言を呟いた。

怒ってるのか、混乱してるのか、自分でもよくわからなかった。

でも、なんとなく感じていた。

あの人は、たまに世界からズレる。

――まるで、完全にはこの現実に足をつけていないみたいに。

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