第2話 選ばなかった未来のこと

「体育祭の係、希望取りまーす」

その一言で、教室の空気が沈んだ。

5月の終わり、じめっとした午後のHR。

係なんて、誰もやりたくない。

なのに、誰かはやらなきゃいけない。

先生が黒板の横に書いたのは「競技進行」「装飾」「用具」「応援」「記録」の5項目。

もちろん、“応援”と“装飾”に希望が集中した。

「いや、記録係とか絶対やだし」

「てか進行って、どうせ放送とかやるやつでしょ?」

「まじで罰ゲームだよね〜」

そんな声が飛び交う中、私はちらっと例のインキャ眼鏡の彼――蒼介そうすけのほうを見た。

彼は席で静かに、指を組んでいる。

周囲のざわめきにも一切動じない。

「……なんか、まーた変なこと言い出しそう」

小声でつぶやくと、隣の心優みゆがくすっと笑った。

「でもあおいさ、意外と彼の話ちゃんと聞いてるよね」

「え、私? ないない、あんなの意味不明すぎるって」

「でも、ちょっと気になるんでしょ?」

言われて一瞬だけ、口が止まった。

否定しかけて、やめた。


係決めは結局ぐだぐだになって、委員長がしびれを切らした。

「もういい、人数足りないところはじゃんけんで決める!」

叫んだのは、委員長の慎太郎しんたろうだった。

短く刈られた黒髪、無駄のない動き、やたら通る声。

「真面目」「正論」「うるさい」の三拍子で知られているけど、なぜか嫌われない不思議なやつ。

慎太郎が黒板の前に立ち、どんどん指名していく。

「蒼介。お前、記録係やれ」

「……理由は?」

「人足りないし、お前筆記早そうだし、理屈捏ねながらも手は動かせそうだから」

「合理的ですね。わかりました」

あっさり承諾。

「……あ、以外に素直なんだ」

私がぽつりとつぶやくと、心優がまた笑った。

「慎太郎くん、人を理屈で動かすの上手だよね。あの人自身も、理屈に弱いもんね」

「ふーん、なるほどね〜」

私は黒板に目をやりながら、(じゃあ今度、なにか理屈をつけて慎太郎と蒼介を面白いことに巻き込んでみよ)なんてことを考えていた。

教室のざわめきの中、選ばれた係のリストが黒板に整然と書き出されていく。


でも、ふと思う。

もし、今日私が手を挙げていたら。

もし、心優がなにか言い出していたら。

もし、蒼介が断っていたら。

たぶんこの先にある光景は、少しずつ違っていた。

選ばなかった未来は、消えてしまうのだろうか。

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