【最初の呪い】――それでも、名前を呼んでくれた:3
右手の紋様が、静かに、しかし確実に――脈を打ちはじめた。
焔のようだった光は、やがて血の中から染み出すように全身へと広がり、空気そのものを震わせるような熱を帯びはじめる。
(……お願いだ)
スイは、祈った。
こんな残酷で、奪うことしかできない力だったとしても――
せめてせめて、彼らの“存在”だけは、僕の中で生き続けてほしい。
その一心で、右手を伸ばす。光が、地を這うようにして子どもたちの亡骸へと滲んでいく。
そのときだった。
『個体名:ティナ。魂を代償に、追星ノ弓(ツイセイノユミ)――掌握を確認』
頭の中に、声が響いた。
どこか機械的で、無機質で、それでいて“決して間違わない”と断言するような響きだった。
スイが目を見開くと同時に、ティナの小さな体が、静かに結晶化を始める。
指先から――爪が、骨が、内側から光の粒へと砕けていく。
まるで、涙を零すように、身体が一つひとつ透明な欠片に変わっていく。
その中心から現れたのは――流星の軌道を描くような、煌めく一本の弓。
追星ノ弓。
好奇心と執念で、どこまでも射抜くあの子の意志が、そのまま武器のかたちになった。
(ティナ……)
その名前を、スイは心の中で呼ぶ。
誰よりも騒がしくて、誰よりも小さくて、それでも誰よりも先を見つめていた子。
“どこまでも飛んでいける”って、そう言ってた。
君の矢は、もう戻ってこないけれど――
この世界に、きっと届くと信じてる。
『個体名:ユマ。魂を代償に、綴環ノ糸(テイカンノイト)――掌握を確認』
また声が響く。
ユマの身体が、静かにほどけるように――結晶化していく。
彼女の胸元には、まだぬいぐるみの“ルルちゃん”が抱かれていた。
そのぬいぐるみさえも、砕け、風に舞い――
代わりに現れたのは、幾重にも結ばれた、淡い色の糸の束だった。
綴環ノ糸。
痛みを共有し、記憶をつなぎ、誰かと“心の輪”を作ろうとした少女の願い。
(ユマ……)
静かに、本を読んでいた君の姿を思い出す。
誰かの話を、否定せずに聞いてくれた君の手を。
誰の悲しみも、自分のことのように抱えていた君を。
君の優しさは、こんなにも――重たい武器になったんだね。
『個体名:ノア。魂を代償に、響幻ノ輪(キョウゲンノワ)――掌握を確認』
第三の声。
ノアの体が、ふわりと消えていくように、細やかな光の粒になっていく。
その中心から、透き通った銀のチャクラムが姿を現した。
響幻ノ輪。
音を奏で、幻を導くその武器は、現実と夢のあいだで微笑んでいた彼そのものだった。
(ノア……)
空の雲を見て、動物にたとえて、意味のない言葉を紡いで。
それが“無意味じゃない”って信じていた君。
君の声は、もう聞こえないのに――いまでも頭の奥に残っている。
ねぇ、君は今、どんな夢を見てる?
『個体名:カイ。魂を代償に、夢切ノ剣(ムセツノツルギ)――掌握を確認』
四度目の“死の宣告”。
カイの体が、騎士のように胸を張ったまま、崩れ落ちていく。
その腕の中から、淡く風をまとうような長剣が現れる。
夢切ノ剣。
未来を断ち切る刃。叶えられなかった夢を、せめて“戦う意思”に変えた剣。
(カイ……)
「いつかみんなで外に出て、冒険しよう」って、何度も何度も話してくれたよね。
その未来は、もう君にはなかった。
でもその剣があるなら――僕が、君の夢を斬り開いてみせる。
『個体名:リク。魂を代償に、真砕ノ槌(シンサイノツチ)――掌握を確認』
五つ目の呪い。
リクの大きな体が、守るように丸まったまま、砕けていく。
最後まで誰かを守ろうとした姿勢のまま、光の粒に変わっていく。
その中心から現れたのは――偽りを砕く、無骨な鉄槌。
真砕ノ槌。
まっすぐな想いだけを力に変えた、最も正直な武器。
(リク……)
僕がここで生きていいと思えたのは、君がいたからだよ。
君は一番最初に、僕を“家族”だって言ってくれた。
もう返せない言葉ばかりだけど――
この力で、君の“まっすぐ”を護りたい。
『個体名:メイ。魂を代償に、紡光ノ杖(ボウコウノジョウ)――掌握を確認』
そして、最後の声が――あまりにも静かに響いた。
メイの姿が、光の繭のように淡く溶けていく。
その体の奥から現れたのは、金糸を編んだ細い杖だった。
先端には、光の結晶が揺れている。
紡光ノ杖。
感情と共鳴して輝く、祈りと支援の象徴。
(メイ……)
君の手は、誰かの肩をさすり、誰かの髪を整えてくれた。
自分より、周りを見ていた君の笑顔が、いま、杖になって――
僕の背中を、支えようとしているんだね。
浮かび上がった6つの武器が、円を描くようにスイの周囲に浮遊する。
それぞれが、確かに“誰かだった”記憶の残滓。
まるで彼らが今もそばにいて、見守ってくれているかのように――
でも。
彼らの“体”は、もうどこにもなかった。
彼らの“名”は、スイの手の中に、武器としてしか残っていない。
(僕は……)
罪を背負った。
奪って、壊して、そして“生き延びてしまった”。
たった一人だけで。
その現実に、心が音を立てて割れそうになる。
それでも、涙の奥で――刃は輝いていた。
これは“希望”なんかじゃない。
でも、もう戻れないのなら。
“せめて、彼らの想いを使いきるまで”。
僕は、戦う。
名を刈り取るこの世界で――
“名前を護るために”。
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