第12話 お花見行こ ②





 到着して降車すると、満開の桜の下に緋色の毛氈もうせんが敷かれていて、そこには金髪のチャラ目なお兄さんがいた。



 こっちに向かってブンブンと手を引いてるから、きっとあの人も麗鷲うるわし組の人なんだろうな。運転手の岩橋さんに比べたら全然怖くなく感じるのは、きっと感覚が麻痺している。

  

「お嬢お待ちしてました。場所取り完璧です」


「ありがとう松田」


「では、相楽さがらさんもごゆっくりお楽しみください」


 そして松田さんは深く礼をして去っていった。

 なんでみんなして俺の名前知ってんの?!?!


「行こ、相楽さがらくん」


「そうだね……」


 俺は下駄を脱いで毛氈もうせんへと上がる。

 そこには日除けの和傘があり、食べ物や飲み物も用意されていて完璧な和の花見セットだった。


 その空間に麗鷲うるわしさんがすると、一輪の銀色の華が咲いたようだった。

 それは満開の桜にも勝るとも劣らない大輪の華を思わせた。


 

 今から何かの撮影が始まるのか?!


 

 現実味を帯びていない空間に、映画かなにか撮影セットかと錯覚してしまう。

 しかしこれは彼女にとっては日常風景なのだろう。


 

「ねえ、相楽さがらくんも来て。撮影しよう」


 

 くいくいと、手招く仕草も堂に入っていて絵になる。


 

「僭越ながら撮影させていただきます」


 

 俺はスマホを持ち、この瞬間をパシャリと収めた。


 

「なにしてるの。撮るのは私じゃなくてぬいでしょ」


 

 はっ! しまった!

 どうやら、この空間に飲まれてしまっていた。


 

「そ、そうだよね……」


 

 それから俺はぬいを取り出して、まずは各々おのおののぬいを撮っていく。

 桜と着物だけでも映えると思っていたのに、お花見の準備がしっかりしていて写真のクオリティをもう一段あげていた。


 

 自分の作ったぬいとぬい服がこんなにもかわいく撮れるなんて、楽しすぎる。

 ロケーションって大事だなー、と実感した。


 

 そして俺のぬいの九音と、麗鷲うるわしさんのぬいのばにらちゃんの合わせで撮ることに。


 

「二人ともおめかししててかわいいすぎる……」


「てんちゃんの意見に完全に同意」


 

 小さい存在が並ぶことによる相乗効果は凄まじいものがあった。

 しかし、小物を持たせればもっと雰囲気出せたな……。


 

相楽さがらくんせっかく着物きてるんだからみんなで撮ろう」


「ええ、写真? 俺は恥ずかしいから遠慮……ってちょっと?!」

 

 

 麗鷲うるわしさんは「良いから」と俺にひっつくように肩を寄せて、自撮りする。


 

「ほら、良い感じ」


 

 見せられた写真の麗鷲うるわしさんはこれ以上ないくらいにばっちりだ。

 いつ撮られたってその美しさは不変なんだろう。


 

 そんな彼女とは対照的に、俺はいきなり撮られたことにより変な顔をしている。

 いつ撮られたって大したことはないんだけど、もうちょっとマシになるはず……。


 

 俺は変な顔をしているというと「もう一回撮る?」と聞かれたので、「大丈夫」と答えるしかなかった。

 はい、撮りますよって構えられるともっとガチガチになる未来しか見えないから、勢いで撮って正解だったかもしれない。


 

 そして、ぬいの撮影を終えてご飯。


 

 満開の桜のした。

 俺はいま、着物に身を包み盃を片手に座っていた。

 隣にはあでやかな着物を召した麗鷲うるわしさんが、とっくりを両手で構え、俺の盃に注いでいる。


 

 なんで麗鷲うるわしさんと盃交わすことになってんの?!

 って今でもこの光景が信じられずに心の中でツッコミを入れてしまうが、盃交わしているのはこうした経緯だった。


 

「てんちゃんお花見連れてきてくれてありがとう、とても貴重な経験になったし、楽しいよ」


 

 とっくりの中身は甘酒だそうだが、この雰囲気が俺を酔わせる。


 

「急な提案だったから相楽くんがどう思ってるか不安だったけど、そう言ってもらえて良かった。私も楽しい」


 

 風が柔らかく吹いて、麗鷲うるわしさんの銀髪の前髪が揺れる。

 春の気候がとても気分を良くさせる。


 

 この陽気に、思わずうとうととしてしまう。

 一昨日も作業で眠れていなかったし、その実は昨日は花見を前に緊張していて眠れなかったんだった。


 

「ごめん、ちょっと眠たくなってきた……」


「いいよ。おいで」


 

 麗鷲うるわしさんは、ぽんぽんと自分の太ももを手で叩く。

 俺は意識が漫然として、気分も良くなっていて、その動作に導かれるように麗鷲うるわしさんの太ももに頭を預けた。


 

 はふぅ、着物越しでも柔らかいんだなあ。最高だ。


 

相楽さがらくんはどうしてぬいぐるみを作るようになったの?」


「ああ、それはね」


 

 昔のことになるんだけど、と前置きを置いて続ける。


 

「体が弱くてずっと入院している妹がいて、学校に通えないから友達もできなくていつもひとりだったんだ。小学生の頃、家庭科の授業で作ったぬいぐるみを持っていってあげたらえらく喜んでくれて、また作って欲しいって言われたのがきっかけかな」


 

 麗鷲うるわしさんは、うんうん、と優しく聞いてくれる。時折、肩をとんとんと小気味よく叩かれて気持ちがいい。


 

「今思えばかなり下手で不細工だったんだけど、『友達ができた』って喜ぶ姿は可愛かったなあ」


 

 

「……妹さんのために相楽さがらくんは今もぬいを作ってるの?」


 

「それは違うよ。作っていく中で俺自身がぬいの可愛さにはまっちゃって、今では完全に自分のためかな。それに、その病気がちで可愛かった妹はもう、いないから……」



 

 俺は在りし日の妹のことを思い出す。お兄ちゃんと甘えてくる妹の姿を。

 話している最中、襲ってくる睡魔に遂に負けてしまい、そこで意識を手放した。

 


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