TS:蟲の王最弱種族『アリ』に転生したけど進化したら最強の女王アリになったので俺だけの国をつくります~
石田おきひと
第1話『転生したらアリでした』
目が覚めると、そこは昆虫の
真っ白な絹のような糸でできた、ほぼ等身大のドームに包まれたまま、俺はうめき声を漏らす。
どこだ、ここは。なんで俺は、こんなところに。
そもそも、俺は誰だ?
……いや、そんなことはいい。
とにかく、ここから出よう。
手を突き出し、繭を破ろうとして、俺はぎょっとした。
なんだ、この手は!?
まるで昆虫のような薄い甲殻が手の甲や腕の表面を覆い、爪は鋭く尖っている。
慌てて全身を確認すると、やはり手と同じように、まるで特撮の怪人みたいな容姿になっていた。
だが、それよりも、さらに驚くべきことが起こっていた。
……なんで俺、女になってるんだ!?
胸に手をやると、そこにはかすかな膨らみがある。
細い腰はしっかりとくびれていて、甲殻の隙間から覗く地肌に触れただけでも、うっすらとした脂肪がその下にあるのがわかった。
もう、なにがなんだかさっぱりわからない。
ひとつずつ、最初から思い出していこう。
……そうだ。俺の名前はアリカ。名字は……思い出せない。
前の世界ではしがないサラリーマン。
残業帰りに、歩きスマホしてたら、駅の階段でつまづいて転んで、恐らく死んだ。
そして、この世界に転生した。
そのときのことから、思い出していこう。
◆
真っ暗な洞窟の壁。
それが、最初に見えたものだった。
「あ、あれ? 俺、さっき駅で……」
転んだはず、と声に出したつもりだったが、聞こえてきたのは奇妙な振動音だけ。
その振動は、俺の口元から発せられていた。
なにが起きた?
恐る恐る、あたりを見渡す。
とてつもなく広い場所だ。
壁まで百メートル近くはありそうだし、天井なんて高層ビルが入りそうなくらい高い。
ここは、いったいどこなんだ?
歩き出そうとした俺は、すぐ脚がもつれてずっこけた。
身体がやけに軽くて、顔面から地面に叩きつけられたのに、ちっとも痛みは感じなかった。
だけど、身体が変だ。
手と足の間。胴体あたりから、まるでもう一対、手でも足でもないなにかが生えている気がする。
ちょうど、すぐそばに池があったので、なんの気なしに自分の姿を確認しようとして、
「うおわっ!?」
そこには、でっかいアリが映っていた!
俺は腰を抜かして卒倒しそうになった。
どんなに小さくても、俺は虫と名のつく生き物が大嫌いなのだ。
子どもの頃は、平気でイモムシやらカナブンやらを素手で
特に、アリのようなつやつやした黒い甲殻を持つ昆虫は、見ているだけで鳥肌が立つほど苦手だった。
どこだ!? どこにこんな化け物がいるんだ!?
必死にきょろきょろと視線をめぐらせたが、どうにも視界がぼんやりしていて見えづらい。
視野自体は広いんだが、解像度があまりにも低すぎる。
まるで酷いモザイクがかかったテレビを見ているようで、焦点すら定まらない。
もう一度、水面に目をやると、またそこにはどでかいアリがいて、俺をまっすぐに見返してきていた。
そこで初めて、俺はある可能性にいきついた。
……これ、もしかして、俺?
サアーっと血の気が引いていくような感触がした。
黒く光沢のある外殻
小枝のように細い六本の脚。
大顎のついた頭から伸びる、二本の触角。
そして、大きく張り出した腹部。
嘘だろ……。
自分の――いや、もはや自分といえるかすらわからない、変わり果てた我が身を見つめ、俺は死にたくなった。
冗談じゃない。
『転生したらアリでした』ってか?
そりゃ、終電乗りながらあの手の小説読んで『俺も異世界行きてえな……』なんて思ってた時期はあったよ!
でもちっとも嬉しかねえよアリなんて! 俺、そんなに悪いことしたか!?
せいぜい、会社じゃ居眠り常習犯で、仕事はミスばっかりで、最近は指導係の先輩からもよそよそしくされてて……。
そうそう、あの先輩の冷たい視線を思い出すだけで胃が痛くなる。
毎日のように聞こえてくる舌打ちや、わざとらしいため息。
……関係ないか。
冷静さを取り戻した俺の鼻に……いや、触角が、ふと美味そうな食べ物の匂いをキャッチした。
ふらふらーっと歩き出した俺だったが、また自分の脚につまづいてすっ転んだ。
くそっ、歩くことすらままならねえのかよ!
実際、人間だった頃の感覚で、六本の脚を操って歩くのは、とんでもなく難しかった。
まず、左前脚を持ち上げて、前に出し、地面につける。
次は右前脚。その次は右……
混乱して、残りの脚をぜんぶいっぺんに前に出そうとして、本日三度目の転倒を喫した。
よし、考えるのはやめよう。
俺はぼーっとしながら無意識に歩こうとしてみる。
すると、本能の成せる技か、自然にシャカシャカと脚が動いてくれた。
なんだ、最初からこうすればよかったのか。
しばらく、気の向くままに歩いていると、匂いの出どころと思しきものが見えてきた。
……山?
見上げるほどの高さをした、バカでかい塊だ。
もう少し近づいてみると、そいつは布に包まれていることがわかった。
いったい、どこの誰が、こんな巨大な肉塊を袋に入れたまま放り出したんだ?
首をかしげながら、さらに近づく。
と、そこで、俺は別の匂いを嗅ぎ取った。
これは……血だ。
もう、すっかり乾いている。どうりで気づくのが遅れたわけだ。
それは甘ったるく、鉄錆のような匂いに混じって、なにか腐敗臭のような不快な臭いも漂っている。
だんだん、嫌な予感がしてきた。
だが、食欲が俺の身体を突き動かす。
早く、なにか食べたい。一秒でも早く!
しかし、俺を待ち受けていたのは、衝撃的な事実だった。
うっすらと肌色をしていた肉の正体。
それは、人間の手だ。
この肉の塊を包んでいるのは、布じゃない。服だ。
でっかく見えているのは、俺が文字通り、アリンコみたいに小さいからだ。
そこにあったのは、脳天から真っ二つに断ち割られた人間の死体だった。
「うわ、うわ、うわ……!」
俺は、声にならない声を上げながら後ずさりした。
なんで、こんな無造作に人が死んでるんだ?
ここは、いったいなんなんだ?
死体の様子を見ると、割と若い男性のようで、茶色い髪が血で固まって頭に張り付いている。
顔の半分は潰れてしまっていて、とても直視できない。
と、そのとき。
ズシン、ズシン, ズシン……。
地鳴りのような震えが脚から伝わってきた。
これは、なにかの足音だ。
しかも、こっちに近づいてきている。
やばい、隠れよう!
死体のそばはダメだ。もし、動物かなにかだったら、一緒に食われてしまう!
俺は――はたから見たら、アリがちょこまか歩いているだけにしか見えないだろうが――全速力で突っ走り、地面の割れ目に身を隠した。
ちょうど、俺の触角が接近してくる者と思しき声をとらえる。
「――ひどいですな。やはり、単なるゴブリンの仕業とは思えませぬ」
「もしや、
「いえ」
現れた接近者たちは、実に珍妙で――ある意味では見慣れた服装をしていた。
年長の男は、金属製の鎧を纏い、腰には片手剣を差している。
鎧は年季が入っているようで、所々に傷や凹みがあるが、手入れは行き届いているようだ。
不安げだが、どこか高貴な雰囲気を漂わせる少女のほうは、丈の短い、魔法使いのローブのようなものを身に着けているようだ。
その上品で整った顔立ちと、絹のような美しい黒髪が、薄暗い洞窟の中でも際立って見える。
……ちくしょう! 見えない! 角度的には見えるはずなのに!
俺は必死に目を凝らして、少女のすらりとした脚が伸びてくる先に広がっているはずの楽園、すなわちローブの中を覗こうとしたが、そこには薄ぼんやりとした闇が広がっているだけだった。
俺は悔しさのあまり地団駄を踏みたくなった。
こんな身体じゃなければ、今頃は桃源郷を拝めていたというのに……!
いや、この身体じゃなかったら、そもそもこんな堂々と覗けないか……。
くだらないことを考えている間に、彼らは会話を進めていく。
「こちらをご覧ください。彼はB級です。
「ということは……」
「ええ。A級のゴブリン種――統率力に優れた
さっきから、当たり前のようにゴブリンゴブリン言ってるな、この二人。
もしかして、ここ、現実世界じゃない?
だとしたら、なんで言葉がわかるんだ?
うーむ……なにもわからん。
周囲を見るに、映画やドラマの撮影中、なんてありきたりなオチはなさそうだし。
いったん、ここは異世界だという仮定でいこう。
喜ぶのも、がっかりするのもそのあとだ。
「では、すぐに冒険者ギルドへ応援を要請しましょう」
「はっ」
緊迫した面持ちで、二人は去っていった。
ほう。冒険者ギルドがあるのか。
ということは、あの二人は冒険者……?
いや、でもお姫様と従者って感じだったし、違うのか?
だとしたら、そんなやんごとないお方が、なんでモンスターが出るような危険な場所に?
謎だ。
振り返ったとき、少女のローブの裾がひときわ大きくひるがえったが……やはりなにも見えなかった。
風に舞う布地が一瞬持ち上がったようにも見えたが、俺の視力では詳細など掴めるはずもない。
「ちくしょう……」
言葉にはならなかったが、そうこぼさずにはいられなかった。
なんとしてでも、視力を強化する方法を探さなければ。
メガネ? コンタクト? あるわけがない。
というか、アリである限り、どうあがいても人間並みの視力になるのは無理だろう。
アリの目は複眼といって、小さな目が何百個もついており、視野がとても広い。
その代わり、性能があまりよくないので、ぼやーっとしか見えないわけだ。
どうしたものか……。
真剣に考え込んでいると、ぐうと腹の音が鳴った気がした。
そうだ、忘れてた。腹が減ってたんだ。
でも、人間の死体なんてぜったい食べたくない。
本能は食べろと言っているが、理性がそれを拒んでいる。
もし、一度食べて、人間の味を覚えてしまったら……。
今後、仮に人間に戻れたとして、誰と話すときも、その味を思い出してしまうかもしれない。
そんなのは嫌だ。
なにか、携帯食料でも持っていないかと、ゴソゴソ死体の懐をまさぐる。
俺だって、食わないと生きていけないんだ。これくらいは許してくれよな。
……ん? なんだこれ。
触角の先に、なにか硬いものがぶつかった。
しかも、なにやら美味そうな匂いがしている。
俺は期待に胸を膨らませながら、それを顎で掴んで地面まで引きずり下ろす。
サイズは、俺目線で4メートル四方。厚さは1メートルといったところか。
よく、こんなもの運べたな。さすがはアリのパワーだ。
……でも、どう見ても食い物じゃなさそうだな。
パッと見た感じ、クレカかなにかみたいだ。
俺は表面に這い上がり、適当にあちこち押してみる。
すると、ある箇所を触ったところで、ヴンとなにかが起動する感触がした。
続いて、俺の脳内に音声が流れる。
『
ステータス? なんだかよくわからないが……イエスだ!
そう念じると、俺の目の前に光り輝く文字が浮かび上がった。
◆ ◆ ◆
種族:プリンセスアント
保持スキル:
【怪力(アリ一般)】
自重の50倍の物体を持ち上げ、運搬することができる。
【嗅覚(アリ一般)】
人間の40倍に相当する嗅覚を持つ。また、人間には嗅ぎ取れない匂いも感知できる。
【
自身が生成した眷属と感覚を共有できる。
スキルポイント:1
取得可能スキル:【眷属生成(クワガタアリ)】【
進化条件:???(人化形態獲得)
◆ ◆ ◆
文字列はすべて、異世界語? かなにかだったが、なぜか俺は読み取ることができた。
察するに、このクレカみたいなのは、触れたもののステータス……潜在能力を明らかにしてくれるらしい。
……プリンセスって、俺、メスなの?
軽い衝撃を覚えるが、アリの見た目にオスもメスもない。
どうせTSするなら美少女になりたかった……。
しかし、この【眷属生成】とやらは、メスアリならではのスキルだろう。
オスアリに卵なんて産めるわけがないからだ。
というか、アリの中でも、子どもを産めるのは女王アリだけ……というのが一般的なはず。
となると、俺の種族:プリンセスアントは、そんなに悪くないのかもしれない。
おまけに、進化すれば、俺は――これが一番大事なことだが――人化、つまり人になれるということではなかろうか。
いける。いけるぞ……!
俺はようやく未来に希望を見いだせるようになり、思わず奮い立った。
このサイズで人間の視力を手に入れれば、スカートを覗き放題だ!
ローアングラーに、俺はなる!
そんな下劣な決意を燃やしていたそのとき。
再び、こちらに近寄ってくる足音を察知した。
人間……ではなさそうだ。
素足だし、体格もかなり小さい。
歩くたび、爪のようなものが地面に当たる感触も伝わってくる。
恐る恐る、そちらに目を向けると、
……うおっ! ゴブリンだ!
緑色の体躯をした小さな化け物が、こちらに小走りでやってくるではないか。
どうする、逃げるか?
一瞬迷ったが、
「ア、アリダ! アマイ! ウマイ!」
どうやら、俺のことを手頃なおやつとして認識しているらしい。
こうなれば、戦うしかあるまい。
俺は決死の覚悟でゴブリンと向き合った。
まともにやり合っても、勝ち目がないのは明白。
このままなら。
……スキル取得! 【眷属生成(サシハリアリ)】!
そう念じると、俺の腹の先から、数十個の卵が瞬時に生み出され、辺りに撒き散らされた。
卵はすぐに孵り、中から俺と同じくらいの大きさのアリが現れた。
いくぞ、やってやる!
俺は産んだばかりのアリの大群とともに、ゴブリンへ飛びかかった。
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