パインに電話しな

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パインに電話しな

「──用件と、報酬を言え」


 通話口を伝う相手の声に、男たちはごくりと唾を飲み込んだ。


「パインさんですか? あたし、ルーシーです。八歳です。パインさんにお願いがあって電話しました」


「──女児ガキ?」


「おじいちゃんの畑を、取り返して!」


 パインと呼ばれた男が沈黙する。

 あの、と口を開いたルーシーに、パインが被せた。


「今、何処にいる」


「えっと、『レガロ』ってお店です。おじさんたちも一緒です」


「よし、今から向かう。十分待て」


 通話が切られた。ルーシーの後ろで耳をそばだてていた男たちがどよめく。


「おい、来るのか。来ちまうのか、あのパインが」


「本当に大丈夫なのか、この報酬で」


「香料まみれのパインジュースを渡したせいで、頭をカチ割られた奴もいるらしいぞ」


「そいつの二の舞になるんじゃあ……」


「大丈夫! コレ、パインさんならぜったい気に入ってくれるはず!」


 怯える男たちを尻目に、”報酬”を膝に置いたルーシーは力強く言い切った。


──


 十分後、バー『レガロ』に現れた男は、その場の全員を凍りつかせた。

 黒の短髪、鋭くぎらついた眼、細身の体に黒スーツ。抜身のナイフがそのまま服を着たような、暴力のにおいを撒き散らす佇まい。スーツの胸元にあしらったパイナップルの刺繍を笑える奴はいない。笑えばその場で殺される。

 "戦争屋"パイン。裏社会の凄腕にして、重度のパイナップル狂。報酬は金と、パイナップル絡みのブツ。どちらが欠けても殺される。

 最高級の100%パインジュースを詰めたスキットルを傾けながら、パインは男たちとルーシーの説明を聞いた。

 ルーシーの亡き祖父と、男たちの畑一帯が、マフィア『ステモンズファミリー』に乗っ取られたこと。潰された畑は、現在密輸ルートの要衝地として用いられていること。畑の上にはドン・ステモンズ自慢の要塞倉庫が建てられていること。要塞倉庫はロケット弾でも歯が立たない特注のシャッターに覆われていること。三日後の晩、ドン・ステモンズが直々に立ち会う麻薬取引が要塞倉庫で行われること。その情報を、男たちの一人が命と引き換えに掴んだこと。

 そして、男たちの畑が、パイナップル畑であったこと。


「──で、報酬は、それか」


 スキットルを口にしながら、パインがルーシーの膝元に視線を移す。

 ビニール袋入りの、パイナップルキャンディに。


「うん! とってもおいしいの。食べてみて、ほら──」


 ぴりり、と、ルーシーが飴の包装を破いてパインに手渡す。穴の空いた円形の飴を仏頂面で眺めると、パインはそれを口に含んだ。男たちが一斉に手を組み、固く目を閉じた。

 店内に沈黙が流れた。かろ、かろ、と、パインが飴を転がす音だけが響く。

 やがて、パインが口を開いた。


「…………果汁と香料のバランスが良い。果汁も上物だ、そいつを30%も使っている」


 男たちが顔を上げた。ルーシーが顔をほころばせる。


「ね、おいしいでしょ? おじいちゃんの畑でとれたパインを使ってるの」


「──飴は、この一袋だけか」


「ううん、これは今あげる。おっきいダンボール箱が十二個あって、その中にぎっしりキャンディが入ってるわ。それを全部パインさんにあげる。──おじいちゃんの畑を、取り返してくれたら」


 パインの瞳が凶暴にぎらついた。


──


 三日後、深夜二時。ステモンズファミリーの要塞倉庫前。首から短機関銃をぶら下げた、ファミリーの構成員たちが見張っている。

 ちかり、と、何かが光った。


「──あん?」


 くわえ煙草の火とともに、見張りの一人が光の方へ顔を向ける。


「どうした?」


 もう一人の見張りが声をかける。


「いや、何か光ったような……」


 そう答える間にも光、そして音が近づいてくる。

 光は二つ。車のヘッドライトだ。音は車両の駆動音。小さな二つの光と音が、一秒ごとに大きさを増して迫ってくる。

 やがて、ヘッドライトが車体のフロントを照らし出す。


「────ファ、ック」


 ぽとり、と、見張りのくわえた煙草が地に落ちた。

 巨大な鉄の壁じみたフロントが、重々しい唸りを上げて近づいてくる。ばかでかいタイヤ十個の猛回転が生み出す振動が、路面を伝わりごうんと足元に響き渡る。 


 化物サイズのタンクローリーが突進してくる。液体燃料を腹いっぱいに充填したタンクを搭載して。


「クソッ、ふざけんな止まれ! 止まれえええええッ!」


 見張りたちが絶叫とともに短機関銃の弾をバラまく。鉄壁のフロントが火花を散らして弾丸を弾く。


「クソが!」


「運転手だ! 運転手を狙え!」


 見張りの一人が叫ぶや、運転席のフロントガラスを集中して狙う。しかし、鈍い音を立てるばかりで砕けない。防弾だ。

 タンクローリーが迫りくる。二つのヘッドライトが目玉よろしくびかりと光り、轟音と振動を引き連れて迫りくる。

 運転席を狙い続けていた見張りが目を見開いた。


 無人ノーバディ。自動操縦。

 バンパーの中央には、パイナップルの巨大な飾り。


「クソがああーーーーーーッ!」


 見張りたちが飛び退いた。要塞倉庫の極厚シャッター目掛け、超重量のタンクローリーが燃料タンク諸共ぶちかます。

 けたたましい衝突音。RPGでもけない特注のシャッターが凹み、ひしゃげ、突き破られる。突入した車体が衝撃で発火、そのまま後部のタンクを炙る。


 閃光。

 爆音。

 爆炎。

 衝撃。


 局地的空爆めいた爆発が、要塞倉庫の半分を消し飛ばした。


「何だァ! 何処のカチコミだァ!?」


 やがて、生き残りの連中が喚き散らしながら倉庫からわらわらと現れた。

 その頭上から、かん、かかかん、と音を立てて黒い物が降ってくる。三つ、四つ、五つ。生き残りの一人が降ってきた物に目を向ける。


 手榴弾パイナップル


 絶叫が爆音に掻き消された。

 ステモンズファミリーの連中が、炎上する倉庫から這い出てきては手榴弾の雨に吹き飛ばされる。絶叫と、爆音と、爆炎と、爆散した人間の四肢が、辺りを埋め尽くしていく。

 倉庫近くの木陰に潜んだパインは、ドローンによる手榴弾空爆の手を止めた。屈強な護衛を連れた小肥りの男が、倉庫の裏口から逃げようとしている。

 ドン・ステモンズ。

 パインが拳銃を両手に駆け寄った。気づいた護衛がステモンズの前に立ちはだかる。パインの二丁拳銃が立て続けに火を吹いた。

 銃弾の雨を護衛の体が弾く。生身ではない。生体装甲人間サイボーグ


「バカが! そんな豆鉄砲でこの俺が──」


 右腕に内蔵したガトリングを向けた瞬間、護衛の視界からパインが消えた。

 跳躍。

 ガトリングによる対空砲射の隙を与えず、パインは護衛の首元に飛びついた。そのまま両腕を太い首に絡める。


「──シッ!」


 鋭い呼気。ばきり、という音。

 鋼鉄製の護衛の首が、生身の男にへし折られた。


「ひっ、ひ、ひ、ひィ──」


 崩れ落ちる護衛からひらりと飛び降りた黒スーツの男に、ステモンズが腰を抜かしたまま後ずさる。ズボンは小便で濡れていた。

 男が口を開く。


「……パイナップルは、好きか?」


「へ!?」


「パイナップルは、好きか」


 目の前の仁王立つ男に、ステモンズはぶんぶんと肯いた。質問の意図は判らない。だがこれだけは判る。否と言えば死ぬ。


「そうか。そいつは何よりだ」


 パインがステモンズの頬骨を掴んだ。

 そのまま握り潰す。くぐもった絶叫。 

 だらりとぶら下がったステモンズの顎に、パインは手榴弾を詰めた。


「──! ──!!!」


「よく味わえ」 


 そう言い残して歩み去る。 

 背中越しに爆発音を聞きながら、パインは飴をかろ、と口に放り込んだ。


──


「……次のニュースです。ゴード地区ステモンズ商会の倉庫が、何者かにより爆破されました。同商会は麻薬取引に関与していた疑いもあり、当局が詳しい状況を調査……」


 ノイズ混じりのラジオを垂れ流しながら、パインは飴を二つ口に入れた。事務所には円形の飴が詰まった段ボール箱が十二個、所狭しと積み上げられている。


 ──不意に、電話のベルが鳴り響いた。


 ラジオを消し、がりり、と飴を噛み砕き、パインは受話器を取り上げる。

 そして、重々しく口を開いた。




「──用件と、報酬を言え」




〈了〉




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