第28話 湯けむりと告白と、俺たちの関係

「おお……これが、無料招待の宿か……」


「思ったよりもちゃんとしてて驚きましたね。見た目は地味ですが、落ち着いた感じがして悪くないです」


無料宿泊券をもらったカズマとめぐみんは、ふたりきりで温泉街へと足を伸ばしていた。

ダクネスはなぜか別宿に行くと申し出てきたし、アクアは……いつものごとく騒動を起こして置いてきた。


「ふたりだけで来るのって、初めてじゃないか?」


「はい。まあ、たまには静かに過ごすのもいいですよね、カズマ」


食事も終わり、浴衣に着替えて、ふたりはそれぞれの風呂へ。

露天風呂は男女別だったが、植え込みひとつ越しに声が通る構造だった。


「カズマ、気持ちよさそうですか?」


「うん、最高。……そっちはどうだ?」


「こちらも、いいお湯ですよ。星がとても綺麗ですし、風が心地いいです」


ほのかに湯気と一緒に流れる、めぐみんの声。

この距離感は、近いようで遠く、どこか不思議な安心感を与える。


しばらくの沈黙のあと、めぐみんがぽつりとつぶやいた。


「……こうして、ふたりでいるの、悪くないですね」


「そうだな」


「……最近、よく考えるんです。私、昔は爆裂魔法のことしか頭になかったのに、最近は――違ってて」


「違う、って?」


「なんでもないですよ。ほんの少し、変わってきただけです」


言葉を濁すめぐみんに、カズマは追及せず、それ以上聞かないでおいた。

たぶん、自分も同じだったからだ。


その夜。布団を敷いて、それぞれの部屋に戻る直前――


「カズマ」


「ん?」


「今日は、楽しかったです。また……こんな風に、ふたりで出かけられるといいですね」


「ああ、そうだな」


そのまま部屋へ入るかと思いきや、めぐみんはしばらくカズマの前に立ったまま動かなかった。


「……カズマ、私は……」


「?」


「私、たぶん……」


その先の言葉を、彼女はどうしても飲み込んでしまった。

顔を赤らめ、目をそらし、それでも――伝えようと、もう一度、口を開こうとした瞬間だった。


カズマが、軽く笑った。


「……お前、顔真っ赤だぞ」


「なっ……! ち、違いますっ!」


「いや、真っ赤。どうした? 湯あたりか?」


「そ、そんなわけないじゃないですか! ……もう、カズマのバカ!」


くるりと背を向けて、自分の部屋へと戻ろうとした――その瞬間。

カズマがぽつりと、言葉をこぼした。


「俺は、好きだぞ」


「……っ!」


「お前が何を言いかけたかは分からないけど、俺は、お前のこと、ちゃんと好きだよ」


めぐみんの足が止まった。

しばらくの静寂。背を向けたままの彼女が、震えるような声で呟いた。


「……カズマは、ずるいですね」


ゆっくりと振り返る彼女の瞳には、照れくささと、嬉しさが滲んでいた。


「でも、そういうところ……きっと、前から好きだったんですよ」


ふたりの間に流れる時間が、やけにゆっくりに感じた。


そして――


「じゃあ、付き合いますか。カズマ」


「……おい、100話くらいまで進んでからとか言ってたの、どこいった?」


「気が変わったんです。好きなんですよ、あなたのことが」


そう言って、めぐみんははにかみながら、笑った。

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