笑って

菖蒲 茉耶

笑い話

「ぎゃはは! お前やっぱおもろいなぁー」

「ふふっ」


 子供の頃から、人を笑わせることが好きだった。あるいは、誰かの笑顔が好きだったのかもしれない。

 だから、あなたじゃなくても、他にむすっとした表情の人がいたなら、その人を笑わせていただろう。


 でも、あなただった。

 あなたを笑わせたのは、私だった。他の誰かじゃなく、あなたの笑顔を見たい思った。


「次は? なんかないの?」

「それ、『なんかおもろい話してよ』くらい理不尽なんですけど。会社だったらハラスメントですよ」

「急に真面目ぶんなよ、こっちまでスンってなっちゃうだろ」


 あなたと初めて会ったのは……えーっと、いつだったかな。覚えてないけど、大学入った後だから、一年半くらい前になるのかな。

 どんな出会いだったかも、どうして仲良くなったのかも、今となっては思い出せない。別に、一目惚れだったわけでもないから。


「ほーれほれ、お前も飲め。アルコールでバカになれ」

「まだ十九なんで」

「大学生だぞ、多めに見てくれるって」

「その倫理観で教育者目指してんのやばいでしょ」

「ガキが『あなたは十八歳以上ですか』にイエスって答えるようなもんだろ。若気の至りで済むやつ」

「例えが最悪、あとガキ言うな」


 最初の頃は、いつも不機嫌そうな顔して、笑うところなんて想像できなかったけど、思いの外ゲラで、笑ってくれた時は嬉しかったな。なんか、私だけがこの人を笑わせられるって優越感が。 

 それで、よく会うようになって、よく話すようになって、よく笑ってくれるようになって、よくよく考えれば名前も知らないことに気がついて、だけど今更聞くのも気まずいから、お互い「先輩」と「お前」で言い合って、それがまた特別に感じたりして。

 

「じゃあ何飲む? なんか頼めよ、奢ってやっから」

「うーん……ならウーロン茶で」

「おい兄ちゃん、ウーロンハイ二つ」


 人の話なんて聞かず、自分のペースを貫き続ける人だから、いろんな人から嫌われていたし、私も「ふざけるな」と思うことも数知れないが、それも一つの魅力なのだろう。

 ……絡み酒だけは本当に許せないけれど。


「ジャッキ二つ持ちなんて豪快ですね」

「てめぇの分だろ普通」

「すみません、ウーロン茶もお願いします」

「ぎゃはは!」

 

 笑い方も豪快だ。

 女の子らしさの欠片もなく、ぎゃはぎゃは笑う。見ていて気持ちいいけれど、聞いていて下品なものだ。笑わせようとしてる張本人が思っているのだから、他者目線も同じか、もっと酷いだろう。


「今日も良く笑ったぜー」

「それは良かった」


 先輩をまとめると。

 ハラスメント気質で、酒カスで、口が悪く、女の子らしさ皆無の性悪。ついでに言うと、ヤニカスだし、競馬場でお金せびってくるし、勝ち分返してくれないし、勝手にピアス開けてくるし、見えないところはタトゥーだらけだし、似たような友達いっぱいいるし、良いとこなしと言って差し支えないクズ。


「で? お前は今日、笑って帰れそうか?」

「……はい。少なくとも、あなたに振られて出る涙は一滴もないので」

「ぎゃはは! 言いやがったなこのやろ!」


 そんな人を好きになってしまって、だから告白して、でも振られて、その後の会話がこれだ。

 せっかくオシャレなレストラン見つけたのに、笑っちゃうくらい雰囲気ぶち壊しだし、告白の後だと思えないほどドライでホットな会話。

 まさに先輩らしい。

 

「そろそろお開きにすっか」

「ですね」

 

 好きだった……多分。

 恋なんて自覚したことなかったから、ただの友愛の範疇なのかもしれないけれど、この感情を恋慕だと呼べるのなら、素晴らしいと思う。


「ちなみに、なんで私のこと振ったんですか?」

「あ?」

「未練とかじゃ無いから勘違いしないでくださいね! 私、激オモ女じゃないんで」

「あー、そうだな。……もしあたしに運命の相手がいても、それはお前じゃねぇし、お前の相手もあたしじゃない。そう思った」

「……ひどくね?」

「何年後かにアルバム見て、そん中にお前が二、三人いて、ふと思い出すような相手でいい。その程度でいいし、その程度がいい」

「っ、はは、かなわねー」



 私は、ただ。

 あなたの汚い笑顔を、もう少しだけ近くで、もう少しだけ長い間、もう少しだけ想いを込めて、見ていたかっただけなんだ。


 それが私の、いつか笑い話になるであろう最低の初恋だ。

 


 

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笑って 菖蒲 茉耶 @aya-maya

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