その時、校長室で

kotonoha*

RPG「ルナスティア -忘却の少女と魔法学校-」断章

「……報告は以上です。それでは、失礼致します」


私は、窓の外を物憂げな表情で眺め続けているウォルター校長に向けて頭を下げる。

校長からの返事は無い。いくら窓から学校の全景を見るのが朝の日課だとしても、私の挨拶に応えないのは饒舌な彼にしては珍しい。


「……やはり、あの子が心配なのですか」


私は静かに尋ねる。しかし彼はやはり黙り込んだままだ。

今この魔法学校には不審な人物が入り込んでいるという目撃情報が複数の人々より次々寄せられており、私もその目撃者の内の一人だ。黒いローブを身に纏った謎の人物。声をかけるや否やすぐさま姿を消し、その正体を暴く隙は無かった。ヤコブ教頭がその者はこちらで調べておくと言っていたが、去り際に「どうせ生徒の誰かの悪戯だろうがな」と口走っており、アテにはならない。

あの謎の人物の纏う雰囲気は、決して生徒のものでは無い。教師、いや、もしかすると……。


魔王。


私はそれを言葉にしようとしたが、声は出なかった。魔王が十七年前に死亡している事は明らかだ。でなければあの少女が闇属性を持つはずが無い。「統べる者」は神が作った永久不変のシステム。闇属性を持つ魔王が死亡したからこそ、今の統べる者を彼女が担っているのだから……。

しかし違和感はあった。私が昨日の授業で「統べる者」について語ってみせた時、彼女……ルナスティアの瞳には確かな動揺が浮かんでいた。にも関わらず、私の話が終わると彼女は愉しげに隣の友人と会話を交わしていた。まるで自身が統べる者であるという実感が無いかの様に。

そしてもうひとつの違和感。これは私自身の心臓に棘が刺さったままずっと抜けずにいる。彼女の無邪気な表情を見るたびに、自分が取り返しのつかない過ちを犯した事を、「昔の私」に責められている気がした。ルナスティア=リリーはただの教え子。私にとってそれ以上でもそれ以下でも無いはずだ。何故、あの娘の表情に「昔の私」が重なるのか。


「……オラクス、どうした」


不意に校長が声を上げる。

彼の肩には、魔フクロウのオラクスが乗っている。どうやら手紙を届けに来たらしい。

……いけない、そろそろ授業に向かわなくては。

私はもう一度丁寧に頭を下げると、階段の手すりに手をかける。


「……命霊石」


彼の呟きに、私は咄嗟に振り向いた。校長の肩に既にオラクスは居ない。学内の手紙係や伝報係を仰せつかっている、忙しない使い魔だから仕方が無いが。


「……命霊石の隠し場所を、教えろ、と……、でなければ、お前の大切な生徒が死ぬ事になる……、そう、手紙に」


校長は私を見ないまま、呆然とした様子で呟いた。

命霊石……、この学校に隠された、命を蘇らせるための秘宝だ。脅迫めいた内容……、あの黒いローブの者の仕業なのか? しかし命霊石の封印を解く鍵は私が昨日、私の部屋に、


私はハッとした。


「校長っ! いけないっ、命霊石の事を考えては、」


その瞬間、私の身体は激しく天井に叩きつけられた。

叫び声を上げようとしても、声が出ない。

私はそのまま床に落下し、今度は床に身体を打ち付けられる。

懐に入れてあった魔法杖が目の前に転がる。

それを取ろうと手を伸ばそうとするが、背骨が折れているのか、右手が動かない。

完全に油断していた。

かろうじて顔を上げると、あの少女……ルナスティア=リリーが立っている。


「君は……、何故っ」


校長は唖然としていた。


「なるほど、命霊石の元に辿り着くには、封印とやらを解かなきゃいけないんですね」


彼女は薄く笑う。

読心の魔法だ。

命霊石の在り処を思い浮かべる手紙を書き、その瞬間に我々に魔法をかけたのだ。

だが幸い、石の隠し場所までは思い浮かべてはいない……。


校長……、あの、場所を……、思い浮かべては……。


声を出そうとしても声が出ない。

かろうじて口について出たのは、「読心……魔法を……」という言葉だけだった。

だが校長には届いていない。


「さすが、勘がいいですね。ファフィ先生」


ルナスティアは私の右手を踏みつけた。

鋭い痛みが走り、はじめて絶叫が声となって部屋にこだました。


「封印の石像を破壊して、大広間の床に触れなさい。そうすれば命霊石が隠された地下迷宮に行けるだろう」


突如、校長が滑らかに口走った。

どうしてそんな事を!?

秘密を喋っている校長自身の表情も、呆然としたままだ。


「ありがとうございます、校長先生。親切に教えていただいて。何か、お礼をしなくてはね」


ルナスティアは満面の笑みを浮かべ、杖を振り上げるのが見えた。

……違う。これは絶対にあの子じゃ無い。

何者かがルナスティアに化けている。

そして校長に、


(……自白の、魔法を……)


彼女が校長に向けていた魔法杖は、彼女の持ち物では無い。

持ち手は右手だ。

本物のルナスティアは、「杖選び」で手に入れた杖を左手で扱うのだ。


「……貴女は、何者……がはっ!!」


次の瞬間、私は口から血飛沫を噴いていた。

無数の針が床に突き刺さっているのが見える。

私がそれを目にした瞬間、針はフッと虚空に消えた。

瞳が血で濡れ、視界が赤く染まる。

そして闇に染まる。

怒り。

悲しみ。

絶望。

後悔。

幾多もの感情が混ざり合い、弾け合う。

やがてそれらは永遠に形を成す事無く、魔法の針の様に消えてしまった。


――本編「ルナスティア -忘却の少女と魔法学校-」第四章中盤につづく

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